物語に見る事業承継~親子の確執の根にあるもの

映画やドラマ、小説や漫画といった物語の世界にも、
親子の確執がテーマとなるものは少なからずあります。

例えば、ある映画では、
古代の一国の王が、子(王子)に望んだのは、
隣国を圧倒する”力”でした。

しかし、心優しい王子は、
戦いに価値を見いだせずにいます。
力を周囲に見せつけようとする父に、
嫌悪感さえ感じています。

この手の物語の結末は、多くの場合悲劇的で、
どちらかの死という瞬間に初めて親子としての関係を取り戻す、というのが典型的なパターン。

リアルな事業承継において、分かり合えるタイミングは別れのときにしか訪れないのでしょうか?

確執の背景にあるもの

一人一人が持つ「フィルター」

先代と後継者の確執は、その影響度の大小を問わなければ、
どこの企業にもある、と言って差し支えないでしょう。
ところで、その確執が起こる背景には、物事を見るフィルターの違いがあります。

例えば、人と待ち合わせをしているとき、相手が遅れたとします。
その時に、あなたはどんな感情を抱くでしょうか?
「もしかして、事故にあった?」と心配するかもしれないし、
「あいつ、忘れてるんじゃないか?」と怒りを感じるかもしれません。
あるいは、「もうすぐ来るはずだ」と自分を落ち着けるかもしれませんし、
「待ち合わせ時刻、自分が間違えていた?」と不安になるかもしれません。

これは、人それぞれのパターンがあり、
長年の人生経験でしみついたことが、
とっさに浮かび上がるといわれています。

たった一つの事実にたいしても、人によって全く違った見方をしてしまうというのが、当たり前なのです。

自分の目で見た世界は、相手が見ている世界と同じか?

そう考えると、会社の経営状態を見て、感じ取るものは人によってさまざまです。
ある人には明らかに見える問題点も、ある人にとっては全く見えないという事があるのが普通です。

これを、強制的に、相手に「自分の視点」を持たせようと説明したところで、
多少視界に入る事もあるとは思いますが、腹落ちする状態にはなかなかならないでしょう。

もはや信じているものが違うのです。

「対立」モードでは「戦う」しかない

 条件と心情が絡み合うむずかしさ

思想や、利害の対立が起きた時、国同士であれば戦争に突入します。
お互いが譲ることができない主張がある場合は、争いを避けるには対話しかありません。
そして最終的には、お互いが主張の一部を譲歩しながら、
バランスのとれた解決策をさぐる、というのが一般的でしょう。

国同士の対立であれば、重要なのは「条件」です。
何を求める代わりに、何を譲歩する。
比較的ビジネスライクな交渉事として話をできるものも少ないくないでしょう。

しかし、親子となれば、単なる条件の話ではありません。
そこに感情論がかなり大きなウェイトでのしかかるのですから、
交渉にさえならない事が多いようです。

物語に学ぶ

冒頭の例のように、物語ではよく親子の対立が描かれます。
多くの場合、どちらかの死の瞬間、解り合えるようになります。
死という事は、自分の未来はそこで閉ざされる、という事になります。

自分自身の未来への執着が、死というイベントとともに、失われます。
そうすると、自分自身の固執を離れ、初めて相手の心情になって、
物事を考えることが可能となるからなのではないか?と私は考えています。

この事を、U理論の著者である、Cオットー・シャーマー博士は、
「他人の靴を履いてみる」という表現をされています。
言い換えれば、相手の目で物事を見る、という事になります。

物語の中で、国王は、王子が力をつけ、
周囲の敵から民を守る国力を持つことこそが、
国王の役割と考えていたわけです。

王子は、争いの先に輝かしい未来はない、
と考えていました。

それぞれが、それぞれの思いを相手の目で体験すると、
それぞれの思い込みの欠点や、問題に気付くことができるかもしれません。

確かに言いたいことはわかるけど・・・

相手の視点に立った時に気づく事

お互いが相手の視点に立って物事を見ることができたとして、
それでもやはり「それは誤りだ」という感情をぬぐう事は出来ないかもしれません。

解り合えることはできない・・・

そういうあきらめのもと、多くの場合、それぞれがそれぞれの道を歩み始めます。

そうしたときに、社内は混乱し、派閥ができ、真っ二つに分かれたり、
全く方向性の違う指揮に、混乱する社員が出てきたり、社内の雰囲気は一層悪いものになります。

ここから導き出されるのは、企業崩壊という最悪の結果。

つまり、どちらの思いも達せられぬまま、企業は迷走する
という状態になる可能性が非常に高いのです。

本当に必要なものは何か?

この時に、再考したいのは、あなたが相手に対する主張の多くは、
「何を、どうしたいか?」
という手段の部分にフォーカスされてはいないでしょうか?

例えば、
「今までの方法ではじり貧なので、ネットの販売をやりたい。」VS「そんな実体のないものより今の営業社員を増やすべき。」
といった主張でしょうか。
このぶつかり合いの中で、そぎ落とせる部分が無いかをまず考えてみます。

このケースで考えた時、双方の共通点は、
「販売を増やすこと」
が目的です。
そこは共通しているのですが、その手段についてが議論になっています。

今までの方法ではうまく行かないと考える人がいる一方、
今まで実績のある方法を強化すべきと考える人がいる、という状況です。

しかし、そもそも販売を増やすことにどんな意味があるのでしょうか?
例えば、

・会社を成長させるため
・安定した経営を行うため
・社員の給与を増やすため

など、様々な意味がその奥にはあると思います。

ずは、その原点の部分へのコミットメントが必要となりそうな気がします。
そういう意味では、お互いが自分の本心にどれだけ迫れるかが、
新たな会社のステージへのステップに必要となるのではないかと思います。

説得では人は動かない

こういった内面からくる、素直な思いは、
人に説得されて生れ出るものではないのが難しいところ。
説得という行為は、残念ながら対立を生みがちです。

逆にこの対立を収めるには、「国王の死」といった、外的な刺激が起点となる事が多いようです。
これを意図的におこすのは難しい、といいますが、私たちは、こういった刺激に対して敏感である必要があります。

社内での感情的なぶつかりや、業界や市場の大きなうねり、
そういったことを常にフラットに心に問いかけることで、
本当に自分が望むことを見つける(オットー博士はこれを「源(ソース)に繋がる」と表現しています。)事ができる可能性が高まります。

創業者と、後継者が対立しかけた時に、まずは自分に問うてください。
今主張していることが、本当に自分にとって最良のものなのか、
心の源が求めている事か、と。

そうやって我に返った瞬間から、いずれかの死を待たずとも双方が歩み寄り、手をつなぐ瞬間が起こるのではないか、と思います。

そのキーを学ぶためには、以下の著書が非常に参考になると思われますので、ご一読をお勧めします。

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