親子経営で後継者が自由と力を手に入れる方法 事業承継における後継者の戦略

親の会社に勤めだして27年間。
はじめの10年は、自分の実力のなさに悲嘆しました。
次の10年は、憤りの中でいつもこぶしを震わせていたように思います。
次の5年でその思いは爆発し、比較的自分の個性を出し始めたのはほんの数年。

私の周囲が何か変わったかと言えば、正直何にも変わりません。
それでも、私は今社内でのストレスはほとんどありません。
割と好き放題やっています。
この最後の数年で、いったい何が起こったのかをお話しします。

中小企業二代目サポーター
田村薫です。

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「65歳になったら代を譲る」
父は、いろんなところでこんなことを言っていました。
現在78歳。
まだ会社に毎日来ています。
それどころか、会社のクレジットカードを勝手に使います。
私の知らないものを結構買っています。
社員に対して、あたかも会社の決定の様に発言します。
まあ、元気なものです。

 

いまでは、苦笑で済む話も、数年前は私は都度怒りを覚えていました。

 

私が三十代の頃、名目上の代表取締役を拝命しました。
名目上というのは、まさに名目上。
私の社内での発言権が高まったわけでもなく、
会社の決裁権を持たされたわけでもなく、
あいかわらず、わたしを素通りして先代は重要な決定を勝手に行います。
結局退職金を取りたいだけなんでしょ?と。

「ま、そんなもんでしょ」
はじめはそんな風に思っていました。
むしろ、代表取締役の責任なんて、かぶりたくもない。
出来るだけ誰にも知られたくないと思っていました。

 

しかし何だか知りませんが、ある時、役員報酬の減額を言い渡されました。
は?
いや、普通に今までのように仕事してたし。
何言ってるの?
なのに、一緒に会社に来ていた弟の報酬は増やしている。
その意味が解りません。
すくなくとも、弟が私の意図を汲んでいる働きをしているとは思えない。
なぜか、責任だけ押し付けられて、権利は何一つもらえない。

 

それで反論したかというと、実は私は
「ふん」
この言葉で終了です。
なぜかというと、自分としてもそんなに大した働きはできていない。
そんな罪悪感もあったからです。
この時から、父と弟は私にとって最大の敵です。

 

もうこの時期は悲惨です。
一気に白髪はひどくなるし、ストレスから病院通いもしました。
それは家内や娘にも飛び火し・・・
とグダグダ話をすれば切りはありません。

 

ですが、あるタイミングから、ずいぶんとスッキリしました。
状況は決して変わりません。
父の振る舞いも、弟の振る舞いも。
その証拠に、つい先日も、こんなことがありました。
会社の重要な全体会議の日、父は弟を引き連れてこともあろうかゴルフに行きました。
保険会社のコンペです。
かつての私は、怒りに打ち震えていたでしょうね。
けど、いまや、「あ、そ」で終了。
何のストレスも、孤独も感じることはありません。

 

私は好き勝手やってます。
そういえば、ある重要な得意先がなくなるかもしれない。
だから、私の報酬を下げろ。
父は半年前にそんなことを言ってきました。

それに対して、私は言いました。
「それは起こってからでいい」
の一言で終了です。

今月は、半分会社にはいません。
とくに25日以降の一週間は会社のことと違うことやってる予定。

勝手に別会社を作り、勝手に本業と違う仕事をとってきて、勝手に社員教育して・・・
まあ、やりたい放題(笑)

今はそこそこ楽しく、ブログ書きが本業みたいになっています。

 

 

状況が変わらないのに、何が変わったのか。
それは私の中で3つのことが変化したのです。

まず一つ目。
それは、

変えられないことで思い悩まない

と決めたことです。

 

私は、自分の状況を改善するために次々と新しい解決策を試しました。
弟の排除計画、父の排除計画、その他色んな自分にとっての不都合を取り除くか、遠ざけるものです。
しかしこれは、実は同じことを繰り返していただけなのです。
目の前に見える障害を取り除こう、取り除こうと、集中する。
つまり、障害にフォーカスしてしまっていました。

これをやめたんです。
少し古い言葉で言えば、アウト・オブ・眼中。
障害をどうこうするという考えを捨て、それとは関係のないところでやるべきことをやる。

もう一つは、

自分で責任を取る覚悟

をしました。

 

誰かに許可を得るというのは、さも良い事をしているように見えます。
父の許可を得るとか、取引先やメーカーの許可を得るとか。
けど、これって、責任を共有したいだけなんだと気づきました。
何かあったとき、「オヤジがいいといったから」「メーカーがいいといったから」と人のせいにできる。
もちろん、現実世界では、オヤジもメーカーも未来の自分の安全なんて確保してくれないんですが。
どうせリスクを負うのは自分なんだから、他人にゆだねないということにしました。

 

そして最後の一つは、

障害を自分の中に同化させる

ということを意識しました。
言い方を変えれば、毒を食らわば皿まで、という感じでしょうか。
父のことも、弟のことも、排除するのではなく前提として受け入れる。
そういうものだ、と織り込み済みにしてしまうことで、イラっとすることは減ってきています。
考えてみれば、一般の社員が同じことをしたとしても、それほどイラつかない。
だから、彼らに固執することも辞めよう。
そう思ったわけです。

今では、私の目の行き届かないところを、勝手にがんばってくれてるので、助かってるとさえ思えます。

 

それだけ適当な感じで、会社はやばくない?とお感じの方もいらっしゃるでしょう。
そこはそれなりには考えています。
社員のメンバーには、私の非常識な考え方をわりと丁寧に伝え、広めています。
世論を作るというと変な表現になりますが、会社全体の空気を作り替える工夫を先にやってきました。
今ほど割り切るまでに作ったのは、社員との信頼関係だったと思っています。
地固めのために、チーム作りは欠かせない。
そんな風に思っています。

 

 

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