後継者

跡継ぎ・後継者がリーダーシップを握るために必要な「垂直的成長」とは?

様々な書籍やセミナーで、後継者の資質がことさら強調されます。
親の会社を継ぐ後継ぎとしてあるべき姿として、道徳の教科書化と思うような記述、
仙人になれとでもいうのか、というかのような教え、
人生をビジネスに捧げよとでも言わんばかりの強要。

なのに、普通の人がそんな完全無欠の人間になる方法はどこにも書いてありません。

だから親の会社を継ごうとする跡継ぎ・後継者の方は、真面目に学ぼうとすればするほど自信を無くし、理想と自分の姿とのギャップに心が折れそうになるのです。
しかし安心してください。ちょっとした意識の変化で人は成長できます。

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成長に関する二つのベクトル

「水平的成長」だけではリーダーになれない!?

下の図を見てください。
『なぜ、部下とうまくいかないのか』(日本能率協会マネジメントセンター)をもとに、松山淳氏がイラスト化したものです。

『成人発達理論とは』松山淳
https://www.earthship-c.com/leadership/adult-development-theory/

この図に照らし合わせて考えたとき、多くの跡継ぎ・後継者のみならず、ビジネスパーソンはほとんどは、ここでいう水平的成長ばかりを求められます。
水平的成長というのは、知識の量的拡大やスキルの質的向上です。つまり、ビジネスの現場で使う知識や技術についての成長です。

例えばトップクラスの営業成績だったから、出世して部下を持つ、というのが多くの会社での昇進パターンでしょう。確かに彼らは、職人として称賛され、部下もそういった実績を残した上司には逆らいにくいという背景もあります。仕事ができなければ舐められる、という迷信を信じ切った昭和的な感性もあって、跡継ぎ・後継者にはそういった水平的成長が求められます。しかし、そういったことが起こす悲劇も知っておく必要があるのではないでしょうか。

売り上げ至上主義のリーダーが作ったマイナスの業績

これはある大企業の中間管理職の例です。彼は、非常に仕事のできる人、という評価がありました。実際に、本社からの量的な要請には忠実で、何が何でも数字は必達という、モーレツサラリーマンという印象がぴったりの人でした。
実際に数字に対するこだわりは尋常ではありませんでした。数字のためなら、人としての良しあしとか、部下の尊厳とか、そういったものはお構いなし。自分の預かるチームの業績のためなら、部下に多少の嘘をつかせても、道徳的に良いとは言えないことでも、法に触れさえしなければ何でもやれ、という勢いで、顧客の意向も蔑ろで自分の成績だけにコミットしました。

結果彼のチームは常に、社内でのコンテストではトップレベル。本来彼は出世するはずでしたが、なぜか関連会社子会社への出向を命ぜられました。
理由は、彼の在任中、あまりに多くの部下がメンタルヘルス疾患により休職を願い出ていたからです。彼はマネジメント能力の欠如を問題視され、出世はかないませんでした。

以前その会社の人に聞いたことがあります。日本を代表するような大企業なのですが、一社員から管理職に昇進する際、マネジメントに関する知識、さらには管理職の明確な役割についても誰も体系的に教えてくれるようなスキームはないということでした。大企業においてこれですから、中小企業においては推し知るべし、です。

社員がついてこないのは仕事ができないからではない

前述のサラリーマンのケースのように、ビジネス上のスキルが高いからといって、人をまとめることはできるとは限りません。大事なのは、リーダーの器、つまり人としての成長なのではないかと私は考えています。
おそらく先人の多くの人は、それを伝えたいがために、やたらと昭和の教師のような道徳論を語るので私のようなものには拒否反応が沸き上がります。朝一で会社に出社し、トイレ掃除をせよとか、近所も含めて掃き掃除をせよとか、なんだか宗教チックな「いい人」を目指せ、というのもちょっと極端に思えるのです。

たしかに、齢70歳、経営者歴40年なんて言う超ベテラン経営者はそういった域に達しているのかもしれませんが、そういった人たちがそこに行くまでにはやはり過程があるはずです。
彼らはスポーツでいえば金メダリストです。メダルと取った人が振り返って今の実力を語るような話には、参考にはなっても凡人にとって使える話は限定的と考えられるのではないでしょうか。だから私たち跡継ぎ・後継者の人たちは、最終的にはそこに行ければベターですが、まず目指すところは県大会レベル。まずは社員との関係性をはぐくむレベルの器を育てることに注力するのが現実的ではないかと思います。
世のため人のために滅私奉公はできなくとも、組織を円滑に回すために社員の思いを受け止めるところから始めましょう、というと納得感があるのではないでしょうか。

跡継ぎ・後継者が意識したい「垂直的成長」とは?

跡継ぎ・後継者にありがちな「環境順応型知性」

ハーバード大学のロバート・キーガン博士は、著書『なぜ人と組織は変われないのか』(英知出版)において、成人の発達段階を三つに分けています。

環境順応型知性(チームプレイヤー、忠実な部下)
自己主導型知性(導き方を学ぶリーダー)
自己変容型知性(学ぶことによって導くリーダー)

私の知る限り、多くの跡継ぎ・後継者のみならず、大部分の大人はここでいう「環境順応型知性」の段階にあるのではないか、と思います。もう少し具体的に言うと、「周囲からどのように見られ、どういう役割を期待されるかによって、自己が形成される」という状況です。周囲の空気を読み、その中で調和を取りながら存在する、といった人のタイプです。
実は、経営者においても、このタイプは非常に多いと思われます。

実際にいろんな経営者と話をしていると、同業他社がやってうまくいったことはマネするけど、異業種の事例を参考にしようとしない経営者が非常に多いのです。これは、同業者の枠組みから出ることなく、自分で考えた道を選ぶというより、周囲に合わせて後れを取らないように動く、という傾向からそんな風に考えられそうです。こういった人たちは、チームプレイにおいては欠かせない存在ですが、その反面、リーダーとなって周囲をぐいぐい引っ張る印象は薄いと言わざるを得ません。

「自己主導型知性」は孤高の人?

「内的な判断基準(自分自身の価値観)を確立し、それに基づいて、まわりの期待について判断をし、選択をおこなえる」というのが、第二段階の自己主導型知性の人のタイプです。

おそらく中小企業経営者のなかでも、業界の中でリーダーシップをとる方がこの段階の人ではないかと思います。印象としては非常に強い経営者という印象を持ちますが、一方、頑固でもあります。自分の独特の視点を持っており、それが正しいと信じているので、他人の意見を受け入れることが難しい、という人が多いと思われます。親子の経営において、親子の確執が起こる場合、親はこのタイプの経営者である可能性は高いかもしれません。それゆえ、親である先代経営者は、業界のリーダー的存在であったりするケースが多いのではないでしょうか。

自己主導型知性の最大のウィークポイントは、自分の考えを重視するあまり周囲の声が耳に届かないことです。時に独善的になり、社内ではワンマンなことが多いと思われます。独自性を強く打ち出す半面、過去の成功体験にとらわれ、頑なに過去うまく言った方法に固執することにより、時代遅れと化してしまうことも多いようです。ここに、先代経営者と後継者の意見の食い違いをかぶらせてみる人は多いのではないでしょうか。もしそうだとすれば、先代はこの「自己主導型知性」という駆動力でリーダーシップをとっていることがわかると思います。

跡継ぎ・後継者が目指したい「自己変容型知性」

この段階は、「あらゆるシステムや秩序が断片的、ないし不完全なものだと理解」し、「矛盾や反対を受け入れることができ」るようになる段階。簡単に表現すると、自分の意見は持ちつつ、それを疑うことができる状態です。

前述の、自己主導型知性によるリーダーシップは、親子経営の親世代に多いパターンだと言いました。これはつまり、腕力をきたえて、その腕で人を引っ張るという手法。少し揶揄した言い方をすると、水平的成長をとげることで、パワーを手にして周囲にイエスマンを作るマネジメントともいえます。(何しろ人のいうことを聞かないのですから)これが、エスカレートすると先述した大企業の管理職の方のように、イメージとしては、「なきじゃくって床に寝転ぶ子供を無理やり引っ張る親」みたいな感じになってしまいます。余談ですが、私の知り合いはそんな子供を無理やり引っ張って、方が脱臼したとか。こういった有無を言わせぬチーム運営は、引っ張るほうも引っ張られるほうも、摩擦が大きいのです。

リーダー一人の思い込みで突っ走ってしまうので、進む方向が間違っていても、それを補正する仕組みがないのです。

時代的に、社会全体、経済全体が膨張しており、社会における価値観が一定であった戦後から平成にかけては、こういった自己主導型知性によるリーダーシップという圧倒的パワーは歓迎されるものでした。考える前に動け、という感じですから、とりあえず前に向いて努力すれば前に向いた結果が出ました。会社としては、売上げ、社員数、拠点数を大きな数字にすることが目標のすべてでしたから、猪突猛進型マネジメントでうまくいったし、いちいち反対意見に耳を貸すよりも結果が出たのです。

しかし今の時代はどうでしょうか。『売り上げを減らそう』というビジネス書が大ヒットする時代です。かつては、決まったゴールがありましたが、今はそのゴールがどこにあるのかも手探りの状態です。短期間で会社を上場させた株式会社アカツキのCEO塩田元規氏はその著書、『ハートドリブン』で面白いことを語っています。要約すると、かつてはRPGゲームのように誰もが同じゴールを目指すゲームがヒットしたけど、今の時代は、『マインクラフト』という特に指定された目的のないゲームが世界で最も売れているゲームなのだと言います。ゲームや娯楽にその時代の世相は反映されるものです。なるほど現在においても、『あつまれどうぶつの森』なんていう明確な目的のないゲームが大ヒットしていることを考えると、企業もまたどこをゴールにすべきかまだまだ探っていくことが必要なのではないかと思われます。

そういった状況のなかでは、自己主導型では一つ間違えると、とんでもない所へ行ってしまいます。だからこそお間の時代は、自己変容知性が大事なのだと私あ思っています。自己変容型知性というのは、ある程度心にゆとりを持つからこそ、他人の意見でさえも、「やってみなはれ」的な寛容な姿勢を持てるのではないかと考えています。

自分に自信がない人ほど完璧を目指す傾向がありますが、この自己変容型においては、完璧はありえないことを理解した前提で、物事を有機的に受け止めることができるのだと思います。
それができるのは、自分が正しいということに疑うことが難しく、経営者としての絶対的な地震を誇示する親世代の経営者ではなく、まだまだ修行中という思いを心に残した跡継ぎ・後継者ではないかと思うのです。

calimielによるPixabayからの画像

具体的に後継者はどうすれば成長できるのか

「受け入れる」と「取り入れる」を分けて考える

では、そんな段階までの成長をどのようにすればできるのでしょう。
ここからはわたしの経験則なので、信じるも信じないもあなた次第、という側面も一部ある事をご了承ください。ただ、単なる経験だけではなく、それなりの学術的な根拠も持ったうえで書いている事なのでソコソコ信頼できる情報だと私は思っています。

人が人として成長しよう、という話なのである日突然、生まれ変わったかのように変化をすることはそうそうありません。(もちろん可能性がゼロではありません)
恐らく、先人たちは、トイレ掃除をせよなどというように、行動を通じて内面を育てようとしたのではないかと想像します。それがたとえば、下積み生活であったり、理不尽な上司に耐える事であったり、意味不明な苦行であったりするわけです。行動を通じて内面をきたえよう、とするものです。しかし悲しいかな、「やらされ仕事」は永遠にやらされ仕事であることも多いのです。だからこの手の修行には脱落者がつきものです。修業は、苦行を通した内面的変化をいとしたものである、という前提に気付けばそこで内省が始まるのですが、そこに気付けない人が脱落していく、ということなのでしょう。

ただ、負荷をかける、というのは成長の鉄則ではないかと思います。もっと簡単に言うと「我慢」です。もちろん、何でもかんでもガマンせよ、というつもりはありません。選択的ガマンを行い、人としての体制を作ることは大事だと思います。

具体的な方法としては、人とのコミュニケーションの中で、
①相手の言動のすべてを受け入れる
②そのうち必要なものだけを取り入れる
ということです。

人と話をしたり、人の意見を聞いたり、テレビの政治家の発言やたまたま見かけた人の言動を見て、イラっとすることはないでしょうか?私なんかしょっちゅうです。もっと身近なところでは、先代が自分に対して行うふるまいや、言葉。一番優先したいのは、部下である従業員さんたちのことですね。
彼らが発した言葉や行動を、まずは受け入れます。
受け入れるという表現がわかりにくければ、理解しようと努めるということです。
相手と対面してこういう言葉を聞くと、ちょっと嫌な感じがするけど、言ってる相手に乗り移って考えてみれば、そういいたくなる気持ちはわからないでもないよね、という感じでしょうか。
自分で相手の言動をジャッジする前に、相手の眼で物事を見て、相手の立場でその意見を咀嚼してみます。

そういう感覚を持つだけで、相手から見たあなたはグッと距離が近づいたような、自分のことを分かってもらえたような気がするはずです。意識して「わかるわかる」なんて言わなくとも、伝わる可能性が高いと思います。そして、相手の考え方というか、相手その物を受け入れたうえで、こんどは自分の視座で考えたとき、受け入れられるもの・受け入れられないもの、採用できるもの・採用できないものを考えて行きます。

これははじめのうちはかなり苦痛です。なぜなら、自分にとって相いれない考え方についても根気よく耳を傾けたり、相手の立場に立って考えたりして、自己犠牲的なにおいがプンプンするのです。けど、それをすべて自分で受け入れてしまえば単に合わせているだけですが、自分の意見をだからと言って捨てる必要はないのです。言いたいことはよくわかるし受け止めた。だけど、僕はこう思う。と考えられることが大事です。

他人を尊重することで人は成長できる

これをやり始めて感じたことは、自分は他人の言葉を聞いているようで聞いていなかったということです。たとえば、誰かが自分の考えを伝えてきたとしましょう。しかしそれを形式的には最後まで聞いていたわけですが、即座に「いやそうではなくって」とか、「でも」とか否定することがどれだけ多かったか、と思うわけです。そんな自分に気付いた時点で、自分自身はすでにワンランクアップです。そうすると今度は、他人の仕草がよくわかるようになります。何かしらのアドバイスをしても、即座に否定する人、けっこう多いと思いますよ。

そこで分かるのは、どんなアドバイスも、本人がそれを取り入れる気にならなければ意味がない、ということです。だからリーダーとして、あれをやれ、これをやれ、と指示してもその人たちがうわべだけで動いていることがよくわかるようになります。そんなことがわかるとムカつくじゃないか、と思うかもしれませんが、それを見て「まあ人間ってそういうものだよね。じゃあ、どうすればいいだろう?」と考え始めることで自分の成長が始まります。相手の内面深く刺さる内発的動機を引き出すには、リーダーにとって何ができるだろう。表面的な言葉で終始している彼らが、より深い感情を呼び起こすにはどうすればいいだろう。そんな視点を持ち始めれば、きっとその人自身の成長が最も促進されると思います。

つまり、冒頭のまずは他人の言動を受け入れる、ということを習慣化していくことで「完璧でない他人」を許すことができるようになり、ひいては「完璧でない自分」を許すことができるようになります。その結果、会社を良くするというところを超えて、自分自身や、関わる従業員のみなさんの幸せが近づくことは間違いがないのではないかと思うのです。

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Gerd Altmannによる

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