「心配」の呪いを後継者が解くたった一つの方法

心配の本質は”呪い”である。
なんとも物騒な表現を耳にしたのは、ある方のSNSにおけるコメントでした。
調べてみると、本田健さんも著書で同様のことをおっしゃっており、親子に関する心理カウンセラーの主張にも同様の言葉を見つけられます。

その考え方の根本を見ると、なるほど納得できる話です。
背景についての考察と、その”呪い”を受けたた子供はどう対処すべきかを考えてみたいと思います。

本来、誰かが誰かを心配するとき、それは美談として語られることが多いようです。
しかし、そのことが多くの問題を生み出していることは、意外と知られていません。

人に向けられる心配という思いは、起こってもいない未来のネガティブにイメージしたうえで本人にその念を送っている状態です。
こういう言葉にすると、まさに呪いそのものですね。
酷いときには、「ほら、言ったとおりになった」なんていう言葉が出てくるわけです。

事業承継における先代が後継者を心配をする、といったシチュエーションの場合

  • 心配を語ることで、先代が優位な立場にある事を明確にしようとしている
  • 後継者の事を信頼していない
  • 後継者の失敗を事前に防ぐ(つまり、失敗経験を積ませない)
  • 後継者の行動を先代が先に決めてしまっている

といった傾向が強いのではないでしょうか。

 

その結果、後継者がどの様に育つかというと、

物事を決められない人間になる

可能性が非常に高いのです。

 

ところで、不登校などの生徒に対応するスクールカウンセラーの話を伺うと、学校という環境に適合できない生徒の多くは、親の過干渉のもとで育っていることが多いといいます。
子供の一挙手一投足に親が干渉するため、子供は身動きが取れず、常に親の顔色を見ながら行動します。
そういった事から、自分の意見を主張することが苦手で、自分の行動を決定することが不得手になり、友人たちの中で自己主張できないストレスから様々な身体症状が出始める事があるそうです。

事業承継においても同じことが起こっているのではないか、と私は考えています。
経営における一つ一つの行動に干渉する先代のもとでは、後継者はその力を発揮することが難しい。
そもそも、自分で物事を決める事を辞めて育った経緯があるので、いきなり
「お前が決めろ」
と言われても戸惑うほかないのです。

また、そのことで後継者が得るメリットもあります。
何もかも先代が決めてくれるから、自分は決めなくてもいいのです。
先代が決めなかったとしても、先代はこういうだろう、という想定の下に下した決定であれば、少し気が楽なのです。

 

さて、育った環境や、恐らく態度を変えることがない先代に対して、後継者ができることは何かないものでしょうか。
私の思いつく限り、たった一つしかありません。
それは、苦しくとも、不安であっても、一つ一つの物事を自分の責任で決断するという事です。
よく言われる話ですが、決断とは「決めて断つ」という事。
いくつかの選択肢の中から一つを選び出し、他を捨て去らなければなりません。
不安もあり、苦しくもある事ですが、それをすることなく後継者としての道が開けるはずもありません。

なにしろ、経営は決断の連続なのだから。

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