後継者

「生涯現役」が礼賛される裏で苦々しい思いをする後継者

世の中には偉業を成し遂げる、歴史に残るような偉人がいます。
それは会社経営者という立場であることも多く、安藤百福氏もその一人。
氏は、チキンラーメン、カップヌードルを発明し、インスタントラーメンという食の一ジャンルを気づいた人。
さらには、インスタントラーメンの製造特許を公開し、世界の食文化に影響を与えた人といっても過言ではない人のように思えます。

しかし、こういった華やかな表の顔とは一変して、見えない部分では後継者である息子宏基氏とのバトルが繰り広げられていたようです。
安藤宏基氏の著者、『カップヌードルをぶっつぶせ!―創業者を激怒させた二代目社長のマーケティング流儀』にはそのあたりのせめぎあいが赤裸々に語られています。

親子バトルは、後継者・安藤宏基氏が社長就任してから、百福氏が96歳で亡くなる半年ほど前まで日常的に繰り返されていたそうです。

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ワシはいつになったら引退できるのか?

Peggy und Marco Lachmann-AnkeによるPixabayからの画像

創業者の表の顔と裏の顔

前述の、『カップヌードルをぶっつぶせ!―創業者を激怒させた二代目社長のマーケティング流儀』では生々しい親子のやり取りが記されています。たとえば、高齢となった百福氏が「自分には定年はないのか」といぶかります。しかし、引退なされば、と後継者である宏基氏がいうと「まだまだお前が半人前だから引退などできん」と返す。すでに宏基氏が社長に就任して15年以上もたつのに、です。
休日に電話がかかってきて、1時間以上も愚痴を聞かされるとか、ある役員が宏基氏について褒めると百福氏はそれを全否定するとか。

創業経営者は実はこういった裏表というか、ちょっと一般的には理解しがたい部分を持っていることがけっこうあると思います。

しかし、こう考えると納得のいく話になっていきます。
それは、創業経営者というのは、自分の存在意義を最大化するためには、あくなき探求心と不屈の精神を持っているのではないかと思います。

たとえば、百福氏は自分の名を世間にとどろかせるために、並々ならぬ努力をして、チキンラーメンを発明しました。
そうすると世間の目は百福氏に集まります。
しかし年老いてきて、社内で会長職に退くと、また、後継者が成長すると、自分の存在意義が薄れます。
そうなると社内においても自分を尊重させるよう、理解が難しい行動をとるようになります。
「自分に定年はないのか」という言葉は、「こんな年になっても会社のために働いている」というアピールであり、
特許を公開したのは、「社会での存在意義を主張」するためだったと、一通りの理解が可能になります。

「偉人」の裏にはエキセントリックな性格

ところで、創業社長といえば、起業家です。
今の時代ならいざ知らず、特に30年も前の起業というのはなかなかに大変だったはずです。そんな中会社を立ち上げ、それを何十年も存続させるというのは奇跡に近い偉業です。こういったことを成し遂げる方々は、普通の人ではないというのが想像に難くないと思います。
不屈の精神力、それを支える動機があります。
その動機は、多くの場合は自分の存在意義を最大化するため、という事になると思います。

それはつまり、周囲や世間からの称賛を求める思いですから、表向きはとてもいい人であり、とても尊敬される人であったりします。
だから創業社長は、自分のことを話すのが好きだし、自慢話が大好きです。

しかし、後継者はそんな創業経営者に、NOを突き付けることがあります。
もちろん親を軽視するつもりはないのですが、「このままではいけない」という思いが強くなるのです。
さらには、百福氏と宏基氏のやり取りにあったように、親は子にたいしてマウンティングの姿勢をとることも多い(しかもしれは後継者が能力を発揮し始めたときに始まる)ので、親子のバトルは激化します。

悲しいかな、国民的英雄である親にたいし、後継者は分が悪い。
たとえば、長嶋茂雄氏のことを、長嶋一茂氏が批判したところで、世間は一成氏の味方はしないでしょう。
世間にとっては、今の努力よりも、過去の栄光のほうが強く記憶に刻まれているからです。

これは会社が小さくとも同じで、人は過去の実績の中でしか人を評価しません。
未来の可能性を見ようとする人は、意外と多くはないようです。

親子のバトル

親子の消耗戦が会社の力をそぎ落とす・・・?

この親子バトルは、実は今回取り上げた日清食品だけの話ではありません。
色々とネットを見てみると、会社を成長させた後継者のインタビューの中には、親との軋轢を感じさせるニュアンスの話がちらほらと見え隠れします。

「同じ会社で本気で真剣に経営に取り組む時に、通常の父子の関係が犠牲になります。この23年間は、私は父に経営者として挑戦し、父も私を後継者として評価するという関係になり、元の父子に戻ることなく今日を迎えてしまいました」

星野リゾート 20倍成長の陰に親子激突の事業承継(日本経済新聞)

 

大事なのは、親の言う通りにしないこと。親の言う通りにやったら、絶対に成功しない。親の言うことは昔のことばかり。自分で考え、反対のことをやらないと、未来には生き残れません。親父はユニクロの多店舗展開には、決まって反対した。「何でこんな危ないことをするのか。リスクを取って、ゼロになったらどうするんだ。まぁまぁの生活ができるんだから、これでいいじゃないか」と。親心なんです。

【インタビュー】やる前から考えても無駄 株式会社ファーストリテイリング 代表取締役会長 柳井 正(ベンチャー通信)

 

余談ですが、アメリカに、「息子に継がせたとき」「娘に継がせたとき」「娘婿に継がせたとき」の3つのパターンで数十社集め、一定期間でどのパターンが最も利益が伸びたかを研究した論文があるそうです。
この研究では「娘婿」のパターンが最も利益が伸びたという結果が出ているのだとか。
その理由は「先代とケンカが起こりにくいから」
お互いに遠慮があるから、一定のラインを踏み越えることなく、ビジネスライクに話ができるのかもしれません。

たしかに、何かをやるたびに親子で対立が起こるとしたら、動きはどんどん遅くなってしまいます。
大企業ならともかく、中小企業においては、小回りという最大の武器がまったく使えないという環境になってしまいますから、かなりの-ポイントです。
仮に後継者の代で会社が傾いたとしたらそれは、後継者の能力のみならず、先代によるダメ出しもまた会社の成長を止めてしまっている原因かもしれません。

正面衝突か?ゲリラ戦か?

ここで後継者にありがちな心理パターンはこうです。
「このままでは会社を変えることができない。だから親である創業者を排除しよう」
こう考え、会議に出させないとか、会社に来させないとか、社長室に閉じ込めるとか、まあいろんなことを考えると思います。
ただ、私の知る限りこれがうまく言った話はほとんど聞きません。
某家具屋さんのように、排除しようとすればするほど、親は全力で抵抗してきます。

つまり、残念なお知らせではあるのですが、親が会社に居続け、生涯現役を謳い(つつも早く辞めたいと愚痴り)、口を出し続けるという事は、半ば避けることができない現実、という事を前提に物事を進めたほうが良いような気もします。私たち後継者は、目の前の障害をなくす前提で物事を考えがちですが、そういった障害がある前提で経営というものを考えていくしかないようです。
親子の事業承継は、リレーというより障害物競走なのかもしれません。

そこで大事なのは、全面対決をしてしまうと、会社全体が焼け野原になってしまいます。
また、どうしても長年で築いた社内外の人脈などの勢力図、世の中が未来への希望より過去の実績を重んじるという事から考えると、後継者は劣勢です。
弱者が強者に勝負を挑むなら、定石は一点突破であったり、接近戦だったりします。

私が提案するのは、親にたいしてゲリラ戦を仕掛けていく感じが、おさまりがいいのかな、と思います。
小さな火をあちこちで上げる。
一方で、大きなところはある程度創業者である先代を立てつつすすめる。

衝突をゼロにすることは難しいので、できる限り小さな火にとどめることで摩擦を減らすことを考えていくのが一つのやり方かもしれません。

光の当たる先代と影の後継者?

先に出てきた、安藤宏基氏は、「変人が作った会社を引き継ぐのは、凡庸な人」であるというようなことを著書でおっしゃっています。変わった感性と、並外れた行動力を持った創業者の作ったものを、うまく形を整えていくのが後継者の役割、というニュアンスを持っているように思います。そういう意味では、燦然と光り輝く創業者と、それを陰から支える後継者という構図が見えてきます。
また前述の通り、こういった創業者は世間への顔をとても良いように演出しますから、益々善人っぽさが前面に出てきます。
それゆえに、どちらかといえば目立つことを避ける後継者との対比で、「親はあれだけの人なのに、後継者は少し地味だ」といわれ、歯噛みすることもあるかもしれません。
ここから先は後継者自身の問題で、凡庸に後を引き継ぐのか、世間の歴史に残るような偉業を成し遂げるかの方針は自分で考えていく必要があります。

なんだか、極端な結論しか用意されていないようにも見えますが、後継者の宿命があるとすればそんなところなのかもしれません。

後継者は心の軸をどこに持てばいいのか?

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幸せか?幸せでないか?

そんなに難しい親子の事業承継。
じゃあ、自分はどうすればいいの?という話になると思います。
まず考えたいのは、一人の人間としてどうありたいかが基本軸となると思います。

自分は人生において幸せと感じる日々を送ることが最重要なのか、親と仲たがいすることなくほどほどに仲良くやっていくことが大事なのか、会社を発展させて自分が認められることが大事なのか。
どれも大事なものですが、どこに優先順位を置くかを決めてしまえば、行動はシンプルです。
実は私たちが悩むのは、そういった優先順位が揺らぐからじゃないかと思うのです。
会社を発展させたいと思うけど、親と口論になったらどうすればいいかを迷ってしまう。
そんな事を繰り返しているのではないでしょうか。

私もいろいろと紆余曲折ありましたが、最終的に考えているのは、自分の人生、自分自身を活かしきるにはどうすればいいのか?という事を最重要項目として考えています。
自分が持っている資質やスキル、嗜好や傾向を最大限使うにはどうすればいいか?ということを中心に物事を考えています。
そうすると、だんだんとブレなくなってきますし、今まで気になっていたことが気にならなくなる側面も出てきました。

割と大袈裟に聞こえる話だと思いますが、どんな人生を生きたいか?という事を考える機会を持っていただけるといいんじゃないかと思います。
こういった考え方に否定的な方もいるかもしれませんが、そういう人はその考えを自分で全うしてくださいな、とお伝えしたいと思っています。

だから私は自分が、幸せかどうかが最も重要な価値基準です。

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