後継者に「やる気」はいらない!?

なかなかやる気が起きなくて・・・。
ときおり伺う、後継者・跡継ぎの悩みです。
そんな相談を頂くと私は、こう答えます。
「やる気は必要ないですよ」と。

それはどういうことなのでしょうか。

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「やる気」「モチベーション」は移ろいやすい

Gerd AltmannによるPixabayからの画像

「モチベーション」をあげてからやるか?

家業を継ぐために親の会社に入社して数年の頃でしょうか。自分の能力の低さにほとほと嫌気がさし、家業その物がイヤでしょうがないと思っていたころ。私の仕事に対するモチベーションはほとんどゼロ。
まさにサザエさん症候群で、月曜日が憂鬱で、週末が待ち遠しくて仕方がなかったのです。
会社の中で、たいしてやりたいこともなく、けどあからさまにサボるわけにもいかず、営業に出るといっては木陰で居眠りをし、社内に戻ってはパソコンに向かって何かをやってるふり。
当時はインターネットをつなぐのも従量課金でしたから、結局は、ソリティアとマンスウィーパーをずいぶんやりこんだものです。

好きでサボっているわけですが、ただそんな自分のことはむなしく感じられます。
なんだかはつらつと働く自分をイメージしては、その状況とのギャップにガッカリしていたことをおぼえています。

さすがの私もこれではまずい、とモチベーションをあげる、ヤル気を出す方法をずいぶんと勉強しました。
当時は、ヤル気を出さないと、仕事に取り掛かれないと思い込んでいたんですね。
しかし、調べれば調べるほど、順序が逆であることに気付いたのです。

やり始めるとやる気がでる!?

様々な書籍をあさった結果、モチベーションを挙げるもっとも確実な方法というのは、「やりはじめる」ということでした。具体的な例を挙げて説明してみます。たとえば、日頃、掃除はあまり好きではない人も、何か気になって掃除を始めたとします。小さな一部分だけをするつもりでしたが、どんどん夢中になって範囲は広がり、いろんな道具を出してきて整理整頓までやり切ってしまう。そんな経験はないでしょうか?
これ、仕事でも結構言えると思います。たとえば細かいデータを触る仕事で、なかなか手を付けるのを躊躇していた事なんかでも、一旦やり始めるとなかなかやめられなくなる。だれしも、同じような経験はされていると思います。

はじめの取り掛かりはけっこうなストレスなんですが、とにかくやり始めてみるとそれなりに夢中になってしまう。

一方で、やり始めるまではなかなかやる気は出てこないものですから、いくら精神統一しようが、ご褒美を用意しようが、嫌な仕事に取り掛かるというのはけっこうなストレスであることはあまり変わりません。賢い選択は、モチベーションをあげてからやるというよりも、嫌でも何でもやり始めてみる、というのが私のなかでの正解です。

後継者はどこへ向かっていかがわからない?

では後継者はなにをやり始めればいいのか?

何かをやり始めれば自然と夢中になり、モチベーションは上がる。
そういったところで、ピンとこない後継者の方はいらっしゃるかもしれません。かつての私もそうでした。
後継者として、単に目の前の仕事をやりきればOKなのかというと、たぶんそうではないだろうと思うのです。むしろ、今自分が取り掛かれる内容以外のことの方が、将来的に結構大事なんじゃないかと思うわけです。そこに向かって、集中モードを全開できれば気分的に「進んでいる感」があるのでしょう。しかし、それができない。

また、難しいのは、掃除や、個別の作業レベルの仕事なら自分一人の努力の有無で話は終わります。しかし、会社経営であったり、リーダーシップというと、後継者個人の頑張りだけではなく、対人関係の上に成り立つ役割になってきます。こもって一人夢中になっても意味がないのです。すると、何をやり始めれば「後継者の役割にたいして熱中モード」に入れるのかがわからないのです。

人生の目的とか言う回り道

私の場合ですが、その時点で、話の範囲を少し広げてみました。そして、自分には何かしら、社会で達成すべき人生の目的や使命みたいなものがあって、それはなんだろう?という問いになりました。これ、けっこう回り道で、実は抽象化すると、「モチベーションをあげてから仕事に取り掛かる」ということと同じことをここでやらかしてしまっているわけです。きっと人によっては、「自分の使命はこれなんだ!」とわかる人もいるかもしれませんが、最近の私の考えは、別に何か特定の使命を負って生まれてくるというより、たまたま夢中になったものがその人の使命になっていくんじゃないかと思うのです。

だから、自分の使命が先にわかっている人はそれに従えばいいと思うのですが、そうでなければ夢中になるものを探す前に、目の前にあることをいやでも没頭してみればどうかと思います。たとえば、会社のミッション実現のためになることを、どんな枝葉のことでもいいから手を動かしてみる。そうしているうちに、「ああ、自分はココを目指していたんだ」とか、「やっぱりこの道は自分の道じゃない」とか、感じるところが出てくるんじゃないでしょうか。

色々考えるのはいいのですが、考えて動かないというより、動いてみてその時に体験したことから感じていく感じです。道を確定する前に、とりあえず手を動かしてみる、ということをお勧めします。

人は幸せであるために生きている

Michelle MariaによるPixabayからの画像

誰にも共通する人生の目的があるとしたら?

親の会社を継いで、今一つやる気が出ない。
それなりに頑張っているつもりではあるけど、充実感を感じない。
何かが足りない気がする。

そんな時人は、なにか自分の人生の目的と自分の活動がずれているのではないかと感じることがあるかもしれません。
ただ私は、とてもシンプルな考え方をもって、人間が生きている目的は「幸せである」ということが終極の目的だと思っています。
そして、幸せというのはどういう状態かというと、何か夢中になることがあって、そこに没頭している状態だと思います。

読書が好きな人ならば、気持ちのいい場所で、誰にも邪魔されず、本の世界に没入できている時かもしれません。
仕事にやりがいを感じるなら、無心で難しい仕事にチャレンジしている時かもしれません。
スポーツが好きな人は、ランナーズハイ的な状態なのかもしれません。
日々の生活の端々で、そういった熱中状態を日々何かしら感じていられる状態が理想的なのではないか、と私は思っています。

ということは、何かに没頭し始めることが必要になります。
ここで多くの方(ご多分に漏れず私も)は、何をやっていいかわからないから、自分探しが始まりがちなのですが実はここは難しく考えない方がいいと思います。
たとえば、私たちは後継者という役割を持っています。
だからどうしても、後継者であることが最終目的なような気がしていますが、私はそれは「手段」だと思います。
自分が幸せになるための手段です。
で、自分が幸せになるには、たぶん周囲のみんなが幸せであることも大事になってくるので、そこにも配慮は必要でしょう。
ただそれは二の次で、まずは自分が幸せになってください、という思いを強く持っています。

このブログも私自身の幸せ探求

結論めいた話をするならば、
自分が幸せな状態を得るために、後継者であるという立場を使ってできる事をやりはじめる
ということに集中してはいかがでしょうか。

ちょっとぼんやりしていてわかりにくい、という意見も多いでしょうがここから先は各々が考えるべき領域です。
例えば私に関していえは、このブログもそういった取り組みの一つです。
ソコソコ文章を書くのが好きで、そこそこ人間観察が好きで、自分なりの仮説を裏付けるロジックをいろいろらべてみてアウトプットしてるのがこのブログ。
本業とは何ら関係ありませんが、これをかいているとき、私はけっこう幸せです。

そんな小さな幸せを集めていったとき、全体としての流れができてくるようにも思います。
人間どうしてもゴールのイメージが抱けないと不安になってしまうものですが、その不安定さの中でバランスをとっていくというのも一つのやり方かもしれないな、と最近思います。
どんな計画も、たとえばコロナのようなことで一発でダメになるわけですから、そういうのもアリじゃないでしょうか。

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