後継者は、「自分主語」で生きよう

親の会社を継ぐために、家業に入った後継者が、時に会社に居ることがツラくなって辞めたくなることがあります。
その理由は様々に見えます。
・仕事が自分に合わない
・親との折り合いが悪い
・社内で孤立してしまう
・会社の未来に希望が持てない
・自分がやっていけるか不安
などなど。

しかし普通、だからといってすぐには辞めたくはならないものです。
なのになぜ、辞めたいと考えてしまうのでしょうか。

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「いつかは上手にできるようになる」と信じられるか否か

Peter KaulによるPixabayからの画像

出来そうにないこともたいていは人並みにできるようになってきたはず

高校生になった時、私はバレー部に入りました。
今まで全く経験がない事でしたし、ボールを「持ってはいけない」という非日常的な動作を必要とするスポーツ。
しかも私はどうしようもないほどの運動音痴(苦笑)
どうしようもないなぁ、ともうのですが、面白いことに毎日練習をしていると、月日がたつごとにそこそこできるようになるものです。
もちろんレギュラーになれるかどうかとか、そういうレベルになれるかはわかりませんが、少なくともまったくの素人より上手にはなると思います。

初めてのファミレスでのアルバイトでも、先輩のようにしっかりできるようになるか不安でしたが、1年もすればそこそこできるようにはなりました。

たぶん皆さんもそんな経験の一つや二つしているのではないでしょうか。
はじめはとても自分には出来そうもないと思っていたことを、数年経験すればそこそこ上手にこなしていたという経験です。
自動車の運転なんて、まさにそんな状態じゃないでしょうか。

トップレベルになれるかどうかはともかく、私たちは、大抵のことはそれなりにこなせるようになるものです。
日本には420万社の会社があるということは、420万人の経営者がいる、ということが言えそうです。
つまり、けっこうたくさんの人が社長さんです。
そう考えると、「自分には無理」と考えるほうがどうかしてると思えてきたりはしないでしょうか。

普通なら信じられる未来がなぜ信じられなくなるのか

ソコソコいろんなことができるのが人間で、私たちの多くはそういう経験を過去に何度もしています。
なのに、家業を継ごうとする後継者に限って、会社を経営する自信がないといいます。
それはなぜなのでしょう。

いくつか理由は考えられます。

①自分の能力を試す機会が与えられていない

一般的には、物事について習熟し「できる」と感じるのは、その物事を実践して、うまく言ったという成功体験に基づくことが多いのではないかと思います。しかし、自信を持てない後継者は、その成功体験を経験で来ていない可能性があります。その理由は例えば、実際に経営者として自分の責任で会社を動かす経験をしていなかったり、たびたびダメ出しされる点が挙げられそうです。例えばファミレスのバイトで言うなら、初めてのお客様への注文取りというのは緊張するものです。それを「緊張しているから」とやらせないでい続ける、あるいはやらせた結果、ダメ出しばかりすると「自分でできた」という感覚が得られないのは想像に難くありません。つまり、経営に関して、自分でやって、成功した体験を持っていないことがいつまでたっても「できない」という不安につながっている可能性が高そうです。

②できれば自分で経営したくない

やはり初めてのことは怖いものです。しかも、会社経営などというと、社員に対する責任だとか、顧客に対する責任だとか、やたらと「重い」荷物を背負わされがちです。これが起業当初で自分一人のことならもう少し気楽なのですが、そういった自意識を超えた責任を負わされる印象がある一方で、それを成し遂げたときのメリットが見えにくい。社内でも、世間一般でも、経営者の責任ばかりが問われ、経営者の権利というかそのメリットが享受できそうな印象が薄いこともあるのかもしれません。経営なんてしたくない、という結論があって、それを正当化するために「自信がない(自分にはできない)」という感情が拭い去れない可能性もあるように思います。

③流されていたい

周囲で決められていたことをやっていれば、特段大きなミスがない限り自分は安泰。そういったところに身を置きたい、という気持ちもあるのかもしれません。そもそも世の中を変えてやるとか、会社をこのように変えてやるとか言うモチベーションはなく、周囲の雰囲気に流されて、大衆の中に溶け込んでいたいという欲求が強い人もいるでしょう。目立つことなく、取り立てて裕福でもなく、取り立てて貧しくもないところで暮らしていきたい、という感覚を持った人も少なからずいらっしゃると思います。

これだけではないと思いますが、これを見ていく限り、①以外に関して言えば、実は親の会社を継ぐことそのものに納得していない印象があります。とりあえず、他に行きたい道もなかったので親の会社を継ごうとしたわけですが、やっぱり継ぎたくないと思ったのかもしれません。

2つの考え方

辞めたければ辞めればいい

実は私は、本当に親の会社が自分に合わないと思うなら、辞めてしまうのも一考だと思っています。しかし、それなりの覚悟が必要なのは言うまでもありません。周囲からどんな風に見られるかはきっと気になるところでしょうし、なんとなく親の期待にこたえられなかった罪悪感や劣等感を感じることもあるかもしれません。

ただ、よく考えるべきなのは、たぶんあまりよく考えずに「そうすべきだとおもうから」と親の会社を継ごうと入社したのなら、たぶん、自分で決断したことじゃないんだと思うんですね。親がそう望むから親の会社を継ぐ、っていう言葉、すでに主語が親です。それより大事なのは、自分はどうなのか?ですよね。

だからせめて辞めるときは、「周囲に迷惑をかけるから」とか、「このままいても誰の得にもならないから」とか、他人を主語にしないでください。「自分はこう思うからやめる」とハッキリ認識してください。親とか、社員とか、世間体とか関係ありません。彼らはあなたの人生の責任は絶対にとれません。だから、「自分は」という主語で辞めるときは決断してください。

たぶん、「辞めたいけど、辞められないしなぁ」と悩んでいる方は、自分以外の誰かがそれを望んでいるという、体のいい言い訳がなければ辞められないでしょうし、そうやって辞めれば必ずといっていいほど後悔します。だからそこ、しっかり考えてほしいと思います。

辞めないと決めたなら

まだもう少しできることがあるかも。
そんな可能性にかけるような思いが少しでもあるならば、まずは状況を再度見まわしてみてはいかがでしょか。
今まで見てきた状況の意味付けを一度捨てて、ちょっと周囲を見回してみます。物理的にも心理的にも。
具体的には、会社でいつも座る席に腰を下ろします。そして、何もせず、周囲の物音や会話、鳴る電話や目の前にあるものや風景に心を集中させます。すると不思議なことに、いつもと違う感覚になることができます。その状態で、今まで例えば自分にとってあまりよくないこと、自分の活動を阻害していると感じていたことなど、なぜ自分が辞めたいと感じたかを少し辿ってみてほしいのです。
それをちょっと冷静な視点で見てみると、少し違った解釈の仕方ができるのではないかと思うのですがいかがでしょうか。

この時に大事なのは、主語を自分にしてほしいと思います。

たとえば、横暴な先代がいるから、会社を辞めたくなったとしましょう。
その主語を、「私は」に変えてみます。さしずめこんな感じでしょうか。
「私は、先代が横暴だから会社を辞めたくなった」
しかし、「辞める」のをやめたのですから、こんな感じでしょうか。
「私は、先代が横暴だから不快感を感じる」

まあ、確かに不快な感情を持つことはあるでしょう。しかし、不快であることはそれがすぐに問題となるわけではありません。
不快であるという感情を自分が気にするから不都合が起こるのです。

でここでちょっとした細工をしてみましょう。
「私は、先代が横暴であることを”知っている”」とすると何が起こるでしょうか。
どこか「先代が横暴である」ことの不快感から距離を置くことはできないでしょうか?
大した仕掛けがあるわけではなく、感情を配した文章にしただけなんですが、妙にゆとりができると思います。
しかも知っていれば、うろたえない(笑)
これは前提を変えているのです。横暴であってほしくないという期待ではなく、既知のことを確認するだけで随分ざわざわした感じは減ります。

他人主語で世の中を変えようとしている!?

実は私たち、とくに苦しい状況に追い込まれている後継者は、物事の主語が「他人」になっていることが多いように思います。
「〇〇が、私の考えと違う動きをするからうまくいかないんだ」という風にです。

これはどういうことかというと、自分ではなくて周りが自分に合わせて動くことを期待していることになります。
代表的な例は、「社員は自分の言う通り動くべき」といった考え方に現れたりします。
しかしこれは、たとえば、自動車レースで「カーブは走りにくいから、コースはまっすぐになれ」といっているようなものです。私たちがどんなに偉くても、鈴鹿サーキットが直線コースになることはあり得ません。
出来ないことを何とかしようとして、けどうまくいかないからイライラが蓄積されるのではないでしょうか。

実は、会社を辞めたくなる理由は、いつしかカーブを直線にせよ、という自分の主張が聞き入れられないからやめたい、ということに近い主張をされているように思います。
もちろんそんな暴論になる過程には、いろんな出来事があってのことなのだと思いますが、我に返ってみたとき、はじめて見えてくる解決策があるのではないでしょうか。
それはとてもシンプルで、自分が変わる、ということです。
主語を自分にすればいいのです。

「自分主語」は問題解決だけではない

Alexas_FotosによるPixabayからの画像

どう生きたいかを考えてみる

トラブルの渦中にいるみなさんに対して、「自分を主語にして、自分を変えよう!」なんて言うと、会社のための自己犠牲を発揮せよ、といっているように聞こえるかもしれません。
しかし、私はそんなことを言いたいのではありません。
そもそも、トラブル解決だけでなく、生き方そのものも「自分主語」であってほしいと思っています。

会社を継ぐのも継がないのも、「親が」とか「世間が」とかいう外野の声を聞き入れるのではなく、「自分はどう考えるのか」をしっかり考えてみてほしいのです。
易きに流れるのではなく、自分の本心を貫いてほしいと思います。
繰り返しになりますが、自分の人生の責任をとれるのは、自分以外にはいません。
だから、生き方も、誰かの目を気にするのではなく、自分の本心を見つめたうえで決定していただきたいと思います。

これからの人生を、自分主語で生きていただきたいと、切に願っております。

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