後継者が人を受け入れるということはどういうことか?

いろんなところで言われている事ですが、人の気持ちをつかむために大事なことは、相手を受け入れるということ。
実はこれ、わかったような、わからないような表現です。
というのも、私自身「自分では受け入れているつもりなんだけど・・・」というつもりが、相手から「いつも上から目線」といわれていたりします。
知らず知らずのうちにマウンティングしていたんですね・・・。
じゃあ、具体的に、他人を受け入れるということはどういうことなのでしょう。

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後継経営者である私が放った暴言

Lukas BieriによるPixabayからの画像

自分は誰よりも会社のことを考えているはず・・・?

親の会社を引き継いで、どうにかこうにか代表取締役という名刺を持つようになって10年ほど。
私はたぶん、大袈裟でなく24時間365日、休むことなく会社のことを考えていたように思います。
これが「会社のため、社員のため、お客様のため」というならなかなかの美談ですが、振り返ってみれば全部自分のためです。
未来の自分の身を護るため、できるだけ、トラブルを起こさない、すべてが予測可能な会社にしておきたかったということで、その方法をいつも考えていました。

そうやって護身のためにいつも会社のことを考えていたにもかかわらず、私はそれを会社の最善の在り方だと思い込み、次第にこんな風に思い始めていました。
自分はこれほどまでに会社を良くしようとしているのに、みんなはいったいなんだ。
自分はたくさん勉強し、たくさん考え、たくさん悩んだ末、「こうやるべき」という結論を出しているのに、何も考えていない人ばかり(に見えた)なことに憤りを感じていました。

所詮自分は、ひとりぼっちである、という思いが強くなり、逆に会社のことを社内に問いかけることがだんだんと減ってきました。全部自分で決める。なぜならば、会社のことを誰よりも考えているのは自分だから、という思いだったのです。

いつもムカついていたワンマン経営に

さて、社長のワンマン経営というのは、下のものにあまり評判が良いことがないのは多くの方が知っている事だと思います。きっと、皆さんも先代のワンマンぶりにへきえきとされた経験があるのではないでしょうか。その時につぶやくのは、「ちょっとは俺たちの話も聞けよ」といったような言葉ではないでしょうか。
そうなんです。
ワンマン社長が勝手に決めて、勝手にやったり、勝手にやらせようと指示する様子は、下のものからするといい加減にしてくれよ、という感覚になってしまいがちです。
しかし、孤立しがちな後継者の方って、これをそっくりそのまんまやっちゃってないでしょうか。
私は一時期自分の内心こんな風につぶやきました。
「どうせ社員に意見を募ってもレベルの低い話しかできない。そうなると出てきた意見をつぶすのは、それなりの理由付けが必要になる。だから、いっそのこと聞かないほうが効率的なのだ」と。

なんとも悪っぽい感じですけど、当時はそのことにまったく疑いさえ持っていませんでした。
自分のなかでは、「自分が一番会社のことを考え、勉強もしてるから、自分の意見を通して当然だ」と思っていたのです。
そりゃあ、「いつも上から目線」といわれても仕方がありません。

決めつけるということの危うさ

自分が正しいという決めつけは非生産的な人間関係しか生まない

今日たまたま読んだメルマガにこんな記事がありました。

マスク教の「シーヤ派」と「スンナ派」の対立

イスラム教の「シーア派」と「スンニ派」になぞらえて、マスクをすべきという考えの人と、マスクなんていらないという考えの人の対立についてその記事は書かれていました。

事実はどこにあるかはわかりませんが、現在のコロナ禍において、マスクをしない奴なんて迷惑千万というひとと、マスクなんて意味がないのになんて馬鹿な奴らという人がいます。双方がお互いをかなり厳しく叩いてるシーンをSNSなどで見かけます。

事実がどこにあるかは現時点ではなかなか判断が難しいところだと思いますが、お互いが「自分が正しく、相手はバカだ」という決めつけを行っています。そして、決めつけた以上は相手の意見は意識には入ってきません。相手の意見を見たり聞いたりした瞬間、否定という壁をつくりあげて、相手の意見を打ち負かすための論理構築が脳内でなされます。つまり、行きつくところまでこの議論はやみません。

私はこの決めつけを会社経営に対して行っていました。
社員なんて自分ほどには経営のことがわからないとか、自分以上に会社の戦略についていいアイデアを出せる人間はいないとか。
この時恐らく社員の人たちは、「ああ、ウチの後継者は自分のことを頼ってはくれていないんだな。自分の意見を必要とは考えていないんだな」と感じる事でしょう。
その結果、後継者の周囲に人はいなくなります。

後継者である私の眼からすると、「自分の周囲から人が遠ざかっていった」ように見えていたのですが、先に、人間関係をシャットアウトしていたのは自分自身だったと気づいたときは、それまでの行為が恥ずかしくて仕方がなかったのを記憶しています。

もちろんそのことに気付いた今でも、たとえば誰かが私に批判的な意見を投げかけてくると、それを受け入れることなくすかさず反論の弁をとることがけっこうあります。これはもう癖なのでなかなか治らないのかもしれませんが、大事なのはいったん受け入れてみる、という努力ではないか、と私は考えています。

自分のおごりを教えてくれた人間

一生懸命勉強し、前向きに頑張っているほど、自分が正しいはずだと思い込んでいるケースは多いと思います。
それは表から見れば自信ですから、決して悪いことではありません。
しかし、本当に自信のある人は、どんな人でも、どんな意見でも、どんな批判でも受け入れる余裕があるはずなんです。
もしだれかのことを批判したくなったり、意見を言われて稚拙だとおもったり、批判を受けたことでカチンときたりして、素直に受け入れられないとしたら、その自信というのはちょっと無理をして作っている自信なのかもしれません。

こういったことを教えてくれるのは、たぶん、パートナー(配偶者や恋人)、子ども、、親といった比較的近いところにいる人だと思います。
具体的には、そのパートナーの「こういうところが気になる」という行動や仕草を少し深く考えてみれば実は自分もやっているとか、常に同じことを注意されるとしたらその注意の内容だったり。
今まではたぶん、あまりにいつも言われすぎていてスルーしがちなことがほとんどだと思いますが、もう一度そのことに向き合ってみると自分の弱い部分、向き合いたい部分が見えてくることがあります。

例えば私は、親のワンマン経営がイヤで仕方がなかったのですが、いつしか自分もワンマン経営をやり始めていました。
また、「いつも上から目線で物をいう」といわれたのは妻からです。夫婦喧嘩のたびに言われていました。
何十年も「自分はそういう人間だからそれを認めろ」と妻に言い続けてましたが、ある時、仕事上上手くいかなかった自分の問題点をつきつめてみると、「ああ、人を見下していたのかもしれない」ということになりました(;^_^A

人は見たいものしか見ないようにできています。
自分がもっているもののうち、大きな葛藤ほど自分では気が付かないものなのかもしれません。

人を受け入れることはどういうことか

DarkmoonArt_deによるPixabayからの画像

人を受け入れることは敗北ではない

目の前の人を自分が受け入れているか、いないかを考えるとき大事なのは「相手がそのままで存在する事」を受け入れるということだと私は考えています。
もしかしたら、自分とは全く違う意見を主張する人かもしれません。その意見には賛成できなくとも、自分とは違う意見を主張していることを認め、その人の存在を認めます。
感覚的な表現をすると、「ああ、そういう意見を持ってるんだね」という感じ。(わかりにくいかもしれませんが・・・)
自分の考えとは違うけど、それでもいい、ってことなんです。

私が一番意固地になっているとき、社員が自分と違う意見を持っていることが許されなかったんです。今から考えれば、なんと独裁的な・・・。案外時の独裁者というのは、そういった心理状態だったのかもしれません。

自分とは違う意見、自分とは違う人間、自分とは違う個性。
そういうものを持った人がいてもいいじゃないか、といえる状況を、相手を受け入れてる状態だと思っています。
相手を自分好みに変えるとか、論破することとは全く違うものです。
変えて受け入れるのではなく、そのままを受け入れる。
これがとっても大事なんだと思います。

不確定な要素を楽しむ余裕

例えば会社の中に、自分と違う考えや信念を持った人がいるとします。
そうすると当然、大なり小なり衝突が起こることもあると思います。
普通はそういった衝突やトラブル、突発的な状況を避けたいとおもうから、人を自分の考えの範疇に収まるよう強制しようとしがちです。
これはたぶん、自分を振り返ってみると、そうなった時に自分では対処しきれないとか、嫌な思いをするということから逃げたいという思いが強いのだと思います。
ただ一方で、嫌な思いと思っていることも、乗り越えるべきハードルと考えると、そういうトラブルもウェルカムになるんじゃないかと思います。そういう状況こそまさに、自分に自信がある状態じゃないかと最近は思うのです。何が来ても乗り越えていけるという、思い。これを持てると、違う意見、異質な人、突発的な状況に柔軟に対応していけるのではないかと思うのです。

そうかんがえると、自分と違うものを受け入れられる人こそが最強なのかもしれませんね。
私はそういうところから世界を見てみたいと思っていますが、皆さんはいかがですか?

 

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