活力ある後継者は会社を継ぐのではなく会社を活かす!?

同族企業の事業承継を意識して色々みていると、普通の感覚とは少し違った状況を目にすることがあります。
たとえば、先代が突然亡くなったりする場合、事業の引き継ぎがとても難しいように感じられますが、実は結果としてわりと上手くいっているケースを良く目の当たりにします。もちろんはじめの3年ぐらいの後継者の精神的・肉体的な負担は相当なものですが、その期間を過ぎればとてもいい感じで会社が見違えるように変わったりします。

また、ちゃんと会社を継ごうと考える後継者と、会社を継ぐというより自分の想いを遂げる気マンマンの後継者を比べると案外後者の方がうまくいったりすることも多いように思います。
それはなぜなのでしょうか。

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親の会社を継ぐことの難しさ

継がなければならないから継ぐ

一生懸命会社を継ごうとする後継者がなかなか前にすすめないのに、会社を継ぐというよりなんだか好き放題やっているように見える後継者が次々と会社の改革をやり遂げて前に進んでいる。そんなシーンを時々見かけることがあります。この違いは何だろう、と考えたときに私なりの仮説があります。それは、まじめな後継者ほど「自分が継がなければならないから継ぐ」という気持ちが強いのではないでしょうか。この文面を見れば決して悪いことではないと思うのですが、その背景に自分の意志ではない、という部分があるような気もします。こう言いかえるとわかりやすいかもしれません。
「(本当はそれが自分の本当の希望ではないけど)自分が継がなければならないから継ぐ」という前置きが加わるのです。そのあとの文章はまったく同じなんですけどね・・・。

親が商売人であった私達同族企業の後継者(こども)は、自分の意志を決める以前に「親の会社を継ぐべき」という前提があったのではないかと思います。それは自分の意志は関係なしの義務である、という前提で認識していたりしますから、すごく乱暴な言い方をすると「やらされ仕事」になっている可能性があるのではないかと思います。自分ではそんなつもりはまったくないと思いますが、心の奥底にあるやらされ感が、何か問題がおこったり、前に進もうとしたときに障害があったりすると急に存在感を大きくするのです。

自由度を奪われた後継者

そもそも将来の生き方をそういった「やらされ感」から固定され、実際に会社に入って何かをするにおいてもなにかと問題がおこる。それは、自分は義務だと思ってここにいるのに、その自分を立てようとしたり、自分を尊重する空気はそこには見えません。何かをやろうとすれば否定されるような日々が目の前にある事が多いわけです。そうすれば、やってられるか!と投げ出したくもなりますね。私自身、そんな時期がけっこう長かったことをここで白状しておきます。

一方で、意外と上手くやってる後継者もごくまれにいます。彼らは会社を「まじめに継ぐ」というよりけっこう大胆に、親の会社の原形をとどめる気はまったくないかのような活動をする後継者が時々います。そんな好き勝手してていいのか?と思って心配になるんですが、いろんな問題を抱えながらも彼らはすごく前進しています。あれよあれよという間に、彼らの会社はどんどん変わっていきます。別に業種を変えたわけではないのですが、社内の雰囲気が変わり、社屋なんかも堅苦しかった会社が妙に今風のオフィスになっていたりすることもあるでしょう。一見ちゃらんぽらんに見えるのですが、よく話を聴いてみるとけっこう勉強していろんなことを次々と実現していく。彼らを見て羨望をおぼえるのですが、自分にはとてもそんなことができない・・・と肩を落としたりもします。

やらされ感の中で、会社の「伝統」を守り続ける中でちょこちょこ改善していこうと思う自分はたぶん後継者として正統派じゃないかと思ったりしていました。けど、一向に会社はよくならないのに、ちゃらんぽらんな奴らのほうがどんどん会社を良くしている。自分と彼らの間にあるのは何か、と思ったときに多分一番大きなことは彼らは「会社を継ごうと思っていない」ということで、私は「無難に会社を継ぐ」ということが目的だったのではないかと思い始めました。

会社は上手に継ごうと思わないほうがいい!?

Free-PhotosによるPixabayからの画像

守ることはいったん忘れよう

不思議な話ですが、営業の人間というのはお客様との取引を終わらせることが苦手な人が多いのではないかと思います。日頃の取引量もさほど大きくなく、ワガママばかり言うお客様。そういった方とはさっさと手を切ったほうが、ビジネス上上手くいくことが多いことをベテランのビジネスパースンは知っています。しかし比較的新人に近い営業の人はこういうお客様であっても、契約が切れることに対してはとても強い恐怖心を持っていたりします。昔ながらの「お客様は神様です」的感覚から抜けられないのか、何かしらのマイナス評価におびえるのか。

同族企業の後継者・跡継ぎの方がもちがちなメンタリティというのはこれに似ているような気がします。親が作った会社や仕組み、顧客や資産を毀損させないように神経をとがらせる傾向があるように思います。
あるものを失うというのは確かに恐怖ですが、何かを捨てることなく新しいことを取り入れることは難しいと思います。よく言われることですが、何かを捨てることから始めないと、人も会社も変化をすることが難しいのではないかと思います。この部分において、そもそも会社を無傷で継ごうとする気のない後継者は強いのです。なんでも捨てることができます。しかし、会社を守ろうとする後継者は、何も捨てることができず、結局会社を進化させることができないまま時間だけが過ぎていくことはけっこう多いのではないでしょうか。

まじめな後継者がもし、親の会社を上手く継ぐイメージがいだけないとしたら、まずは「守る」ということをいったん忘れてはいかがでしょうか。

継ぐというやらされ仕事

もうひとつ、とても大事なことがあります。それは、「継ぐ」というメンタリティがそもそも「やらされ感」につながる傾向が強いということです。何かを自由に始めるということとの対極にあるのが、あるものを引き継ぐということです。ここには人の思考を制約する罠があるわけです。そこで提案したいのは、ありていな話ではありますが「起業」してほしいと思うのです。今ある会社の資産や人、ノウハウや顧客名簿を使って、起業するくらいの想いをもって社業に取り組んでほしいと思うのです。それは必ずしも、家業とまったく違うビジネスを始めよ、ということではありません。もちろんそれもアリですが、そこまでしなくとも今あるものを活用して今と近いビジネスを始めるとしたどうするか?という自分なりの理想を描き、そこに現実を合わせていく。そういう考え方が結構大事じゃないかと思います。そこから発展して、異業種参入の思いが強くなってきたらそれもアリだと思います。大事なのは「自発的」なビジネスや感心にフォーカスして前に進むことです。

大事なのは自分でやりたいと思えること

いろんなお話をしましたが、終局的なところ、後継者である方が自分で「やりたい」と思えることをやるのがベストなんだと思います。ここまでお話ししてきたとおり、逆に後継者・跡継ぎという立場は先代の意向をくむとか、伝統を重んじるとか、あるものを失ってはいけないとか、そんな自分とは直接関係のない義務を負わされているかのような感覚に陥ることが多い。そして、モチベーションの最も根源的な源泉の一つは「自主性」であることと考え合わせると、最もやる気の起こらない環境ができやすい状況なのではないかと思います。会社を辞めたくなるとか、続けるのが苦しくなるとかいうのは、仕事そのものや、働く環境とのミスマッチもあるかもしれませんが、それ以上に自主性が育まれていない可能性がとても高いと思います。そこから抜け出すには、今の環境の中で自分がやりたいことがあるとすれば何か、ということを考えて行くことではないかと思います。活力ある後継者は会社を継がず、会社を活かしています。そうでない場合、もう少し自分本位になってもいいのかもしれません。

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