後継者は親である先代と担っている役割が違う

親の会社を継ぐというと、なんだか窮屈な印象を受けることが多いと思います。
しきたりみたいなものがあって、それに従わなければならないとか、
なかなか引退しない親がいて、自分はその下でしか仕事ができないとか、
逆に、親が引退するとそれはそれで、ちょっと不安だとか、
いろんな感情の渦巻く中で仕事をしているのではないでしょうか。

その中で、お手本のようなものを探しながらヨチヨチ歩きから始めるのが後継者。
しかし私たち後継者は、そのお手本を手放すことが一つのステップではないかと私は考えています。

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「基礎」を作るのが創業者の役割

Stephanie AlbertによるPixabayからの画像

歴史のサイクルと創業社長の思い

皆さんの会社は、創業からどのくらい経ちますか?
30年、40年、50年という歴史かもしれませんし、
100年を超える老舗企業かもしれません。
いずれにせよ、どこかのタイミングで、会社を始めた創業者がいるわけです。

これが例えば、戦後まもなくであった場合、比較的大きな志をもって創業されたケースが多いと思います。
ホンダやソニーの創業者は、まだ会社として始まったばかりのころから、大きな夢をもって「日本を背負う」くらいの勢いで操業されているようです。
時代的には、みんなで協力し合って闘ってきた大戦があり、そこでの敗北を経験した焼け野原の状態です。
個人が自分一人だけ豊かになる、なんていう発想ではうまくいかない時代だったように思います。なにしろ、焼け野原にはお客さんになりそうな人もいなかったでしょうから。
苦しく貧しい環境の中にあって、日本の存続をかけた起業だけがビジネスの正攻法だったのかもしれません。

これが、1970年代前後の創業となると、いわゆる「ベンチャーブーム」といわれる時代の創業となるようです。
この時代は日本がどんどん力をつけてきた時代で、「俺も!」とばかりに手を挙げた人が、周囲の企業と切磋琢磨しながら伸びていった時代と想像します。

あくまで私のイメージですが、戦後の起業家は全体性をイメージした起業という印象があり、
1970年前後の起業家はどちらかというと、個人の努力や根性をベースとした起業という印象があります。
非常にステレオタイプなとらえ方は否めませんが、ざっくりそんなイメージを個人的に持っており、それぞれで会社の持つ意味が違うように思うのです。

足りないものを充足させる~より便利な生活を目指して

戦後の企業に関して言えば、とにもかくにも日本は何もなかったわけで、それを埋めることが必要だったと思います。足りないものを作れ。それが当時の会社の基本的な仕事だったと思います。
一方で、1970年代の企業はそれらをより手軽に購入できるように、安く大量に売るという効率が重視され始めたころではないかと想像しています。
無かったものを作り出すフェーズから、それらをより大きく広げるフェーズの時期に相当していると思います。この時期は、個人的に「競争」というキーワードがとても重視されたという風に思います。
セールスでの他人との競争、価格競争、伸び率競争などなど。
とにかくライバルを横目に見ながら、自分が(特に量的に)成長していくことが時代の中でとても重視されていたように思います。

私の父が会社を創業したのが、まさにこの1970年ごろです。
父の座右の銘は、「人の倍働いて肩を並べる」ですから、まさに努力礼賛主義なことがすごくわかります。

ここで考えられるのは、戦後起業は全体性を視野に入れていたのに対して、1970年前後の起業はどちらかといえば個人的な事情というか、モチベーションが重視されているように思います。
仕事に厳しい父親像真っ只中の時代です。私たち世代(2020年現在30歳代~50歳代)の先代はこういったバックグランドの社会でビジネスをしてきたという事をすると親の感性が理解しやすいかもしれません。

本当の意味での創業精神

大抵の企業において、「創業精神」というと、割ときれいな言葉を並べていることが多いと思います。もちろんそういった創業精神は嘘だとは言いませんが、実はその裏に重しのようにある想いがあることが多いと思います。特に1970年代に経営者として中小企業のトップに立っていた人の多くは、起業であったり会社経営というのは、実は「挑戦」という言葉に収れんされるような気がしています。挑戦という事はすなわち、自己実現です。この辺りの意図を読み違えると、明文化されたり言葉で語られる創業精神と、実際の先代の行動のギャップに戸惑うことも出てくるかもしれません。しかし、「ああ、ウチの社長(親)は自己実現や、自分の成長を目指して経営してきたのだな(自分では気づいていないかもしれないけど)」という事を知っておくだけでも、親である先代を理解しやすいと思われます。

余談ですが、「口ではきれいごとを言っているけど、行動が伴っていない」と親のことを評する後継者は少なからずいます。そういったことがなぜ起こるかが理解できると、親に対する許容度は増すのではないでしょうか。

はなしを元に戻しましょう。仮に、これをお読みのみなさんが、1970年代前後に経営者となった親の後を継ぐ後継者という立場であった時に何を注意すればいいでしょうか。実は、1970年代は「モノやサービスを広く普及させる」という時代フェーズでしたが、近年再び戦後のような「志」を持ったビジネスの時代が巡ってきています。なぜそう言えるかというと、近年「社会起業家」という言葉をよく耳にしたりはしないでしょうか?特に今の若い起業家は、お金に関してはさほど強い執着も持っておらず(だから金遣いは荒いことも・・・)、どちらかというと世の中をより良くするための起業という事を行う起業家がけっこう多いのではないでしょうか。仕事時代がそういった類のものでなかったとしても、例えば、社員との関係がフラットであるとか、働きからが自由であるとかといった特徴を持っており、経営者一人が自分のためにする起業とは一線を画する雰囲気を持っています。

実は私たち後継者が行うのは、「個人における自己実現」出会った親の事業を、「全体性を意識した社会的な意義を持った企業」に生まれ変わらせるという過程を踏むことではないでしょうか。

競争から脱しよう

後継者が意識すべきは「ルールを変える」こと

私的な理由で起業あるいは、ビジネスを引き継いだ親の世代は、大なり小なり個人的な自己実現や、自己成長が、仕事の原動力になっていることが多い、とお話ししました。
こういう会社は、多くの場合、社内の評価システムも「競争」という原理でできていることが多いと思われます。
社員同士が競い合い、切磋琢磨する。
会社の方針も、顧客本位であるとかいう掛け声はあるものの、どちらかといえばライバルのほうに視点が向きがちです。ライバルが何かをするから、自分もそれに対抗する。逆に、ライバルが何かをやっていないから、それを出し抜くために自分は何かをやり始める。こういった競争戦略は、結果として顧客に還元されることも多かったので長年採られていたわけですが、これがだんだんうまくいかなくなってきています。たとえば、値段競争が、商品やサービスそのものの価値を下げてしまいました。そこで、お客様からお金を頂くことに対して、商品の評価とは別のところで価値を作るとか、とてもビジネスモデルが複雑になってきています。

実は、業界経験のない異業種が自分たちのビジネスに参入してくる際は、こういった複雑怪奇なビジネスモデルを持ち込んできます。既存事業者はそのビジネスモデルを理解できなかったり、排除しようとしますが、顧客が最終的にそのビジネスモデルを採択し、業界ごと同業者がみな消えていくというのが、たいていの筋書きです。

よっぽど狭い領域でビジネスしているならともかく、そこそこ大きな市場を持った領域でビジネスをする場合、どうしてもこういった業界破壊企業が入ってくる可能性があります。にもかかわらず、既存事業者はライバルのことしか見ていないので、その業界破壊企業の躍進についていけないのです。

そこで考えたいのは、後継者がまずは、「ライバルばかりを見た経営戦略」から脱することを考えるべきです。
けど意外と難しいんですね、このライバルを見ない、というのは・・・。

自分の頭で考える習慣

同業他社をマネするというのは、人の脳を完全な思考停止状態にします。
なぜなら、何の応用の必要もなく、ただ単に同じことをすればいいだけなのですから。
厄介なのは、それでも多少の効果は出てしまうから、ついつい病みつきになって、何の考えもなく他社のマネをすることが当たり前になってきます。とくに、ライバルとの競争という前提であるが故、「一刻も早く行動を」という思いが強いかと思いますが、後継者の時代は少し違っていて、お手本を同じ業種に求めることはとても危険である、といわざるを得ません。
なぜならば、次代がこれほどまでに変わっていても、既存事業者は、過去の価値観から抜けることは難しいからです。
それもそのはずで、彼らが見ているのは常に、同業他社のライバルだからです。

そこで、業界のルールを変えるほどの変革が必要ではあるのですが、いきなりそんな大それたことは難しいと思います。
そこで大事なのが、まずは自分の頭で考える習慣をつけるという事です。
その一助となるのが、異業種の事例を参考にする、という考え方です。

なぜ、異業種の事例を参考にすることが、「考える習慣」をつける一助となるかというと、単純に「そのまんまマネできないから」です。最低でも、業種を変えて応用するための至高が必要になってきます。
具体的には数のようなステップが必要となります。

気になる事例があった時、その事例ではその企業は何のためにその行動を行っているか、なぜその手順で進めるかなどをしっかりと考える必要があります。
そしてそのパーツを再度組み替えるとき、同じ目的を持った行動を、自分たちの業界で、はたまた自分たちがもっているリソースでできるとしたらどのような形になるだろうか?という事を考えていきます。
何をやるかをマネするのではなく、何のためにやっている行動かを分析する、というイメージでしょうか。

同業他社との競争から抜け出そう

こういった考え方をする習慣をつけていくと、だんだんと同業他社の人たちとの会話がかみ合わなくなってきます。
彼らは業界内のことを、業界内の価値観で会話していますが、こういった「自分の考え」を育てる習慣を持った後継者は、業界の中にいては見えない視点を持つことになり舞うs。
結果として、親世代がやってきた「同業他社との競争戦略」からおのずと、顧客重視の戦略への転換が当たり前のように起こります。

そこからさらに踏み出すには、また違ったハードルはあるかと思いますが、思考しない習慣を、思考する習慣に変えるだけでも見える世界がずいぶんと変わってきます。
ここで、先代から見ると理解不能な後継者という構図ができるから私たちの立場はヤヤコシイのですが、ある程度は致し方ないのかもしれません。
逆に言うと、こういった思考を始めると、きっと後継者の多くは親の事業からどんどんと思考が離れていく可能性があります。もちろん、まったく違う事業者として生まれ変わるのも一つの会だと思いますが、あえて今までやってきたことを活かすという制限があることで、新興企業にはできない特徴的なビジネスが成立する可能性も否めません。
親は既存事業への錨であり、私たちはその錨からのびた糸でとびたつ凧のようなものかもしれません。

錨である先代(親)と凧である後継者(子)

KitereisenによるPixabayからの画像

過去と未来をつなぎとめる事業承継の「点」

単純に考えるなら、後継者は事業がやりたければ、自分で起業したほうが楽であることが多いと思います。1件1件顧客の開拓が必要だった親の時代ならいざ知らず、ネット社会においてはうまくインターネットを活用すれば、リアル営業をしなくとも成立するビジネスは星の数ほどあります。しかし、私たちはそれを選ばなかったわけです。
親も、たんなる楽かそうでないかという事で考えると、子どもに事業を継がせるよりもどこかのタイミングで売却してしまったほうが楽なのかもしれません。しかし、彼らもそれを選ばなかったわけです。その理由がどこにあるかは人それぞれでしょうが、結果として、古くから事業をしてきた親がいて、それを継ごうとする子供がいる。これは偶然とは言い切れないものがあるような気もしないでもありません。

どこかへ自由に飛び立つこともできるのかもしれませんが、私たちの背中から伸びた糸は親という錨で既存の古い事業とつながれています。
それを断ち切って飛んでいくのも一考ですが、その糸はたぶん、単なる偶然ではないような気もするわけです。
だとすると、その糸をつなげたまま、未来という大空へ運んでいく。
後継者の役割はそんなところにあるかもしれません。

親は海にいて、私たちは空を飛ぶ。

とても概念的な話で恐縮ですが、私たちの役割は、空と海を結び付けることでその価値が最大化するように考えるべきなのではないでしょうか。

 

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