後継者・跡継ぎが不安を感じた時どうふるまえばいいか?

親の会社を継ぐ後継者・跡継ぎの方が口にされる言葉のトップ3の一つに「不安である」という言葉があります。
上手く会社をハンドリングできるかどうかわからないという不安。
自分に会社をまとめることができるかという不安。
会社が未来にどんな風になっていけばいいのかという不安。
自分の将来はどうなるのか?という不安。

不安の中身は色々でしょうが、真っ暗闇に見える未来が気になってしょうがないのです。

 

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後継者・跡継ぎが感じる不安の正体

Peter KaulによるPixabayからの画像

不安の要素を分解してみると・・・

後継者・跡継ぎに限らず、不安の要素を分解してみましょう。まず、不安というのは「起こっていないこと」に対する感情です。いわば、未来に向いた感情と言えそうです。
まだ起こっていないことですから当然、いい結果もあれば、悪い結果も予想されます。しかし、どうやらその二つの結果のうち、悪いほうにフォーカスしている可能性が高いように思います。「うまくいかないかもしれないから不安」ということになるのだと思います。ということは、同じシチュエーションに立たされた時、「うまくいきそうな気がしてワクワクする」という人もいるかもしれません。たとえば、今は新型コロナウィルスの影響で、世界中が大きく揺らいでいる変化のさなかにあります。この状況において、恐怖に打ち震える人と、ここがチャンスとばかりに元気になる人とがいることを観察できるかもしれません。中にはカラ元気の人もいるかもしれませんが、本当にチャンスと思っている人は一定数いそうな気もします。

こう言ったことから考えると、シチュエーションそのものが不安を掻き立てているというより、そのシチュエーションに立たされた時、自分の精神的な状態が不安を作り上げているように感じられます。もう少し具体的な表現をすると、同じシチュエーションにおいても「自分なら乗り越えられる」と思っているか、「自分に乗り越えられないかもしれない」と思っているかが不安と取るか、チャンスと取るかの分かれ目かもしれません。

「自分ならできる」と思えない背景

たぶん、会社を継ぐということ以外のジャンルで言えば、今不安を感じている方々も「自分は自信がある」と言えるジャンルがあるんじゃないかと思います。たとえば、スポーツ。私は運動神経は良くないので、初めて経験するスポーツは不安でしかありません。いきなりうまくできたこともなければ、うまくできるともとうてい思えません。しかし、運動神経のイイヤツってのは、割とどんなことでも初めてで器用にこなしたりします。小、中、高校と、体育の時間は私はいつも不安しかありませんでしたが、運動神経のいいやつにしてみれば体育の時間で不安を感じる事なんて信じられないことでしょう。

そこでかんがえてみます。じゃあなぜ、この初めてのことを「できる気がする」人と「できるはずがない」と思う人がいるのでしょうか。簡単です。自分の能力を信じているか、いないか、という違いです。運動神経のいいやつは、「今まで運動に関してはたいていうまくやってきた」から、「次もうまくできるに違いない」と思いがちです。逆に私のような運動音痴は「今までうまくいかなかったので、次もうまくいかないに違いない」となるのです。

しかし実はこの思い込み、わずかなきっかけで消えてしまうことがあります。運動音痴の私ですから、小学校2年生のころ、プールでの授業もダメダメでした。泳ぐどころか水に顔をつけることさえできませんでした。ところが家で洗面器に顔をつける特訓をし、友達のお母さんに市民プールで特訓してもらった結果、そこそこ泳げるようになりました。そして、学校の授業に臨むと、みんなより泳ぐのが早くなっていることに気付いたのです。それ以来、泳ぐことに関しては水泳部の人間とそこそこ張り合えるくらい上手になりました。「できるはずがない」という思い込みが「できるかもしれない」に書き換わっただけで運動音痴の私が、水の中でだけはクラストップだったのです。

できるかも、できないかも、ということはたいていは思い込み。しかも、会社の経営なんて、かなりいろんな要素が複雑に絡み合うことをできそうとか、無理そうとか、やらずに判断するのはあまりにも早計過ぎます。しかし、なぜそんな風に決めつけるかといえば、「自信を無くさせるシステム」が親子の間に作り上げられているからです。

ダメ出しと干渉で自信を失う後継者・跡継ぎ

中小企業の経営者というのは、かなり高い確率で自己顕示欲の強い人であることが多いと思います。目立ちたがりかどうかも一つの基準ですが、顕著なのが「自分がいなければ会社は回らない」と思っている人の多さと思います。こういった経営者はコントロール欲求が強いので、社員はもちろん後継者・跡継ぎに対しても、常に自分がイメージしたとおりの行動を行わなければダメ出しをしたくなります。その「自分がイメージしたとおりの行動」というのも、一貫しているわけではなくその時々の感性で判断しがちな経営者は、その時の思い付きを後継者・跡継ぎや社員が完ぺきにトレースしなければ、気に入らない、という傾向があるのではないでしょうか。

後継者・跡継ぎの人にしても、社員にしても、自分なりに考えたことが認められることは少ないため、だんだんと考えることを辞め始めます。そして、自分にはわからない何かしらのロジックで動いているであろう先代経営者を見て、「あんなふうにはなれない」とだんだんと自信を喪失しています。そして、先代経営者への依存度を高めていきます。実はこれ、先代経営者の特徴的行動パターンで、従業員のみならず後継者・跡継ぎはそういった先代経営者のふるまいに魔法をかけられたように先代経営者に依存し、いずれ深層心理において「親である先代経営者がいなくなれば自分はあの役割を果たすことなどできないに違いない」という不安を心に宿すようになります。

もちろんこれが原因のすべてではありませんが、会社での親子関係から後継者・跡継ぎは自尊心を削られていく傾向を示すことが多いように思います。ここでは深くは触れませんが、これは親である経営者の精神的なよりどころと深く関連している者で、誰かを排斥しようというふるまいでもないし、そもそも意図して行っているふるまいではありません。しかし、ダメ出しされ、干渉されることで、後継者・跡継ぎは自分のやった事を全否定されていると解し、自信を失い、不安をいだきがちな精神状態に追い込まれるのです。

かなり端折って言うと、親が感じている不安や葛藤を、違う形で後継者・跡継ぎがうけているという状態と言えるかもしれません。

不安を放置する

Alexas_FotosによるPixabayからの画像

不安の役割はあなたを足止めする事

不安は未来に対して感じるもので、しかし現実は不安が実現することもあれば、サクッと問題なく未来へすすめることもあります。しかし、今の私たちはうまくいかない可能性のほうにフォーカスしている。これが不安を感じている状態でしたね?

では、この不安、私たちに害をなすものでしょうか?
不安を感じよう、感じまいが、未来へ歩みを進めてしまえば、結果はなるようにしかなりません。その時に振り返って、「不安を感じていたけどたいしたことなかったね」とか、「不安が的中した」とかいう判断をするのだと思います。しかし、前に進まなければ、その答え合わせはできません。実は、「不安」の機能はここにあります。

わざと未来が見えないようにして、その先へと進ませまいとするのが「不安」の役割です。言い換えれば、不安はあなたを足止めしているのです。不安は未来に起こるかもしれない危険からあなたを遠ざけようとしています。さらにいうなら、あなたを変化から遠ざけようとしています。

さて、ここで問題があります。

不安の役割が、あなたを足止めするということであれば、つまりは不安の根元を断つことを拒んでいるということとイコールになるのではないでしょうか。会社経営をしていく自信がないという不安を感じるが故、会社経営から自分を遠ざけようとする。ここから完全に逃げ切れる道があればいいですが、たぶんなかなかその道も険しい。ならば、この不安という緊急警戒警報を止めるには「不安のもとが不安を感じるようなものでもない」ことを証明するしかないのです。不安は問題を克服することを遮って、問題を抱えたままとどまらせようとするのです。これって、永遠に苦しむってことじゃないですか・・・。

しかし、その状態はある日突然やってきたりします。親が急に体調を崩すとか、そんな突発的なことが起きれば、不安とか言ってられませんからとりあえず前に進みます。すると、もう不安を感じてる暇もないですね。結果はどうあれ、一生懸命日々を生きることになります。

ある友人が言っていました。莫大な借金を抱えて亡くなった先代の跡を継いだ後継者なのですが、先代を失ったあとの3年ほどが自分の人生において一番充実していて幸せだったと言います。それだけ無我夢中で打ち込めることに出会えたからなのだそうです。

不安の先にあるのはちょっと残念な未来と考えがちですが、実は輝かしい未来もそこにはあって、要はどちらを選択するかだと思います。一方、不安でとどまってしまうということは、バンジージャンプのジャンプ台のてっぺんでずっと怖い怖いとしゃがみ込んでしまうことと似ているかもしれません。いつまでたっても恐怖は去りません。飛んでしまえば一瞬なのに。

不安が害を及ぼすことはない

一つありがちな誤りは、この不安を何とか解消してから前に進もう、という考え方です。実は多くの不安は、進まなければ解消できないものだったりするわけです。さっきのバンジージャンプのたとえのように。ただ、大事なことは、不安その物は人に危害を加えるものではない、ということです。だから不安への対処を最優先するというのはどうかと思うのです。じゃあこの不安、どうすりゃいいいの、と言われそうですが、不安は不安として感じてください、というのが私の答えです。

なんとなく不安は良くないもの、というイメージが強いですが不安その物には害がないのですから、「ああ、自分は今不安を感じてるな」と感じればそれでいいと思います。可能であれば、本当はその不安はどこからきているかを探求できると面白いところに行きつくかもしれませんが、そこまでせずとも、不安を感じている自分を認識するだけでまずは十分だと思います。

蚊に刺された時、かゆくてかくと、その患部は悪化します。
不安というものもそれに似ていて、不安を感じているからと、その不安に何かしら対処しようとすると、不安はどんどん大きくなります。不安は不快なので何とかしたいと感じがちですが、害はない。そこにフォーカスしすぎないほうが、早く去っていきます。蚊に刺された時、しばらく我慢すればかゆみは収まるのと同じです。

不安は乗り越えるもの

今回の内容をまとめてみましょう。不安は不快ではあるものの害はない。その不快さをもって、あなたが未知の世界へ踏み出すことを制止しているのです。この不安という不快は不安その物を取り除こうとするより、一歩踏み出してしまうことで手っ取り早く処理することが可能になります。まざに案ずるより産むがやすし、ですね。もちろんやってみた事の結果を保証することはできませんが、やってみれば不安は消えます。スポーツや新しい学校生活、初体験やら、初めての運転。私たちはいろんなことを始めるまでは不安を感じていますが、やり始めてからは不安というより試行錯誤と学習の嵐。今まで経験してきたすべての「初体験」のビフォーアフターを思い出してみたら、「思い切ってやってみてよかった」ということのほうが多いのではないでしょうか。

不安というのは人が自分を守る本能です。だから取り除くことは難しいとおもいます。唯一、それを克服できるとしたら、乗り越えるしかないんですね。
やってみれば、解消されます。
そして、乗り越える一つのコツは「自分ならできるはず」と信じることです。それを自信と言います。自分なら・・・ということが難しいなら、日本には約420万人もの社長がいると言われています。たぶん、その420万人のうちならそこそこ自分のいいセン行ってるんじゃないでしょうか。

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