後継者が苦しいと感じているとき、自分が何に注目しているかを見極めよう

家の仕事を手伝うために、親の会社に就職した子供がよく陥る状態があります。
それは、自分一人が永遠のつかいっぱしりのような感覚です。
両親から軽く扱われるのはまだしも、先輩社員もいつまでたっても自分を認めない。
だんだんと家の仕事をするのが嫌になってしまう。

そんな環境で、うつ病になってしまう人もいるようです。

こういった状況を抜け出し、生き生きとやりがいを持って働くにはどうすればいいのでしょうか?

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家の仕事が嫌になった出来事

会社に行くことができなくなったある後継者

地方都市で、ある商品の小売りをする会社があります。決して大きな会社ではなく、両親と古株の社員さん3名、そして10年ほど前に入社した息子さんです。
一般的な商店ですから、ディスプレイの仕方なんかはおそらく結構大事なのでしょう。後継者候補である息子さんは、店舗のディスプレイの仕方を自分なりに調整していました。しかし、自分が調整したのち、自分の父親がそのディスプレイを元に戻していることに気づいたようです。
息子が変えて、親が元に戻す。
そんな静かな攻防戦があったとか。

この話を伺ったのは息子さんからなので、お父様の真意はわかりません。
ただ、お互いがお互いにとっての「正しい形」があって、そこにこだわりたかったのかな、と推察します。
この表面化しない攻防戦はしばらく続き、次第に疲れ果てた後継者である息子さんは、だんだんと会社に行こうとすると体の不調を訴えるようになりました。

彼の身に何が起こったのでしょうか。
これは想像ですが、自分の意見が受け入れられないということは、自分という人間そのものが会社の中で受け入れられない、という感覚に代わっていきがちです。結果として、会社の中にいる自分に価値を感じられなくなり、体が会社に向かわなくなる、という状況ではないかと思います。

会社に行けなくなった後継者の切なる願い

その方に詳しく話を伺った際に、こう聞きました。
もし今、何の制約もない状態で、自分の考えることがかなうとしたら、何を望みますか?と。その問いに対して彼は、「親も社員も自分の思う通り動いてほしい」というのです。
お金が欲しいとか、地位や名誉が欲しいとか、成功したいとか、そういったことではなく「周囲の人が自分の思うとおりに動く」ということが彼の切なる願いということです。

もしかしたら、ちょっと視野が狭いのでは?と思う方がいらっしゃるかもしれませんが、人間、精神的に追いつめられると、視野は狭くなりそれゆえ、現実的な解決策とはどんどん遠いところに行ってしまいます。

自分を冷静に見つめることができるときっといろんなことに気づくことができると思うのですが、本当に苦しい思いをしている後継者にとって、それは非常に難しいことなのです。なぜそう言い切れるかというと、私自身がそんな状況にいたからです。

人は注目したことが重要に感じられる

自分の行動を訂正する情報ばかりが目に付く日々

ここに挙げた事例では、毎日自分が良いと思ってやったことを、後継者の方は修正・訂正されることに苦しんでいました。事実としては些細なことです。おそらく多くの人はそんな話を聞いて、「それくらいのことで」と思うかもしれません。
しかしそれは、受ける人にとっては、人格否定ともいえる状況といえるのではないかと思います。

たとえば、店の売り上げを上げるためにディスプレイを工夫します。
そしてそれがなにもいわれずに、工夫したことをなかったことにされてしまうわけです。
たぶん、ディスプレイをそっと元に戻したお父様は、ただいつもと違うから直しただけかもしれませんし、自分の経験上元のディスプレイがいいことがわかっているからと子供を傷つけまいと、こっそり直したのかもしれません。真意はわかりませんが、その行為に後継者を責める気持ちはなかったかもしれません。

しかし、後継者にとっては、なんでこっそり直すのか、とおもうわけです。元のままのほうがいいというなら、そう言葉にしてくれればわかるのに、なぜ話してくれないのか、と。
そもそも行動を正されるのは、後継者にとっては人格否定と受け止めたのかもしれません。自分が前向きに試してみたいと思ったことを、無言で否定されたのだ、と。

私も若いころ、親が何か口を開けば、自分を否定しているのではないか、自分を責めているのではないか、とびくびくしていた時期がありました。改めて考えてみると、あまりコミュニケーションの上手でない親が、親なりに私のことを考えてのアドバイスだったのかも、と思えることもあるのですが対立している渦中においては、すべてが自分を責める言動に見えてきます。
一通りの経験を経て感じることは、親子というのは本音を話せないから、ややこしいのかな、という気がします。
今、ビジネスシーンでは「心理的安全性」という言葉がすごく大きな意味をもっていますが、実は、最も心理的安全性が必要な親子関係において、それが保たれていないのかもしれません。

注目したことが重要に見える、という錯覚

ノーベル経済学賞を受賞した心理学者で。ダニエル・カーネマンという人がいます。この方は、フォーカシング・イリュージョンという錯覚を科学的に解明しています。これは何かというと、人は注目したことが重要に見えてしまう、ということです。

商店の後継者の場合、彼は自分が変えたディスプレイについてずっと気になっていました。日中自分が変えても、翌日元に戻っている。すると、彼の視線は毎日その商品ディスプレイに注がれます。その結果、そのディスプレイのことが彼の頭の中を占めていきます。すると、そのことがさも大ごとのように思えてくるのです。

私はお店のディスプレイが、小売商店にとってどれほど重要かはわかりませんが、それでも会社に行けないほどのストレスを抱え込むほどのものではないように思います。さらに言うなら、「ぜひこのディスプレイ法を試してみたい」と親である社長に声をかければ、もう少し話はシンプルに解決したように思います。
親はそれに対して反論するかもしれませんが、少なくとも、こっそり元に戻されて疑心暗鬼な思いに脳内を占拠される心配はなさそうです。

であれば、小競り合いはあっても、会社に行けなくなるほどのメンタルヘルス不全は起こらなかったかもしれません。彼にとっては、自分の行動が常に訂正されることに注目するあまり、その行動が彼の世界でどんどん大きく膨らみ、それは自分に対する人格否定という思いに育った結果、会社へ出社しようとすると動けなくなる、という症状を生み出すのではないかと思うのです。
人生における一つの「部分」であるのに、それが「全体」かのように錯覚してしまう。
そういえば彼が切に願うことは、「周囲の人が自分の思うとおりに動く」こと。
まさに、部分が全体になったかのような状況をイメージさせる言葉です。

大事なのは、何にフォーカスするか?

自分達がいかに恵まれてるかを考えてみる

ここでちょっとした頭の体操をしてみましょう。
次の二つの問いに答えてみてください。
合わせて、100パーセントになるように、今手にしている成果のうち、自分の努力で得たものと、自分の力の及ばないところで得られたものを振り分けてください。

□あなたが努力して手に入れた成果……(   )パーセント
□あなたがかかわれない偶然がもたらした成果……(   )パーセント

『Think clearly 最新の学術研究から導いた、よりよい人生を送るための思考法』という本の中で、著者のロルフ・ドベリ氏はこう言っています。

最も多かったのは、「個人的な成果が60パーセント前後、偶然による成果が40パーセント前後」だった。

以下、本書から少し抜き出してみます。

ここからはちょっとした思考実験をしてみよう。
母親のお腹の中にいる一卵性の双子を思い浮かべてほしい。二人の生命力も知力も全く同じ。そこに妖精がふわりとやってきて、こう言ったとする。
「あなたたちのうちのどちらか一人はアメリカで、もう一人はバングラデシュで育つことになります。でもバングラシュで育つ人には、税金の支払いは免除しましょう」
アメリカで生まれたほうの子が、生まれた場所に恵まれたおかげで獲得できる収入は、その子の将来的な収入のうち、どのくらいの割合を占めているだろうか?

□アメリカで生まれた子が、生まれた場所のおかげで獲得できる収入……将来的な収入のうち(   )パーセント。

この質問に対して多くの人は「80パーセント前後」と答えた。
つまり、私たちは「私たちの収入のかなりの部分は、恵まれた国に育ったおかげで手に入った」とおもっている。先進国に生まれることは、それほどまでに経済的な優位をもたらすものなのだ。

 

何が言いたいかというと、私達は思った以上に生まれた環境から恩恵を受けている、という事です。
先進国の日本でうまれ、そこそこ経済力のある家庭で育ち、ほどほどに教育もウケられていると思います。
衣食住に不自由することもない人が大半でしょうし、私達にはもしかしたら自分の手に入るという会社がある。

あるメンターの方から聞いたこんな話があります。
私達が今、ここに生きているのは、誰かの愛があったからだと言います。
なぜなら、乳飲み子は、一人で生きることは絶対にできないからです。
もしかしたらエキセントリックな親の元に生まれたとか、親を亡くしたとか、親から暴力を受けたとか、いろんな経験をされている人がいることは否定しません。
しかし、それでもなお、誰かが目も見えず、ハイハイさえできない乳飲み子にミルクを与えてくれた人がいたから、今、大人になって生きているのだ、と。

私達は、今ここに生きているに至って、環境や周囲の人間から多くの愛を受け取っています。
なのにふと現実に目を向けたとき、受け取っているものやもっているものを見失いがちです。
なぜならそれはあまりに当たり前すぎて、意識することができないからです。

ここに「注目したことこそが重要と思えてしまう」フォーカシング・イリュージョンのマジックがあるのです。
持っているものは当たり前だから、注目できない。
持っていないものは、気になるから注目する。
そして私たちにとって、気になるもっていないものがいかにも大事なものに感じられるのです。

持っていないものというのは、周囲からの尊重であったり、自分への関心といったものなのでしょうか。
自分は愛を受けていないと感じて、そのことが全てと感じてしまうのです。

持っているものを棚卸してみる

意識を集中させると、それが大事に思える。
ならば、持っている者に意識を集中させてみてはいかがでしょうか。
私達が何を持っているのかを整理してみます。
たとえば、後継者としてもっている視点というのは、なかなか他人がもち得ない者であったりします。
一見、自分と意見が合わないとしても、親は実は会社のなかでは大きな力です。
それを私たちは対立して、力づくでねじ伏せようとしますが、うまく使えばいいのです。

シンプルにお話しすると、私達は「問題に力を与えて」いる状態です。
だから他人にとってはたいしたことに見えない問題を、非常に重要なことに感じてしまいます。
であるなら、問題にフォーカスすることなく、うまくいっていること、持っている資産などにフォーカスすればいいのです。
それをしっかりと使い切る。
これが私たちの役割の一つです。

さらにいうなら、これらを使って新たな社会を作ること。
ディスプレイをどうするかという事で悩むところから、どんな社会を作ってやるか、という事で悩むほうがよっぽどか楽しそうじゃないですか。
もちろんどちらも大事なことはわかりますが、どうせなら大きな視野で見てみてはいかがでしょうか。

私達は沢山のものを持っているにもかかわらず、そのことを視界に入れないようにしています。
もういちど、持っている者に着目してみてください。
そうすれば今を脱するヒントが見えてくるのではないでしょうか。

 

 

このような時に、自分で自分のことというのはなかなか見えないものです。
そういったときに、他人のコメントなどを通じて自分を知ることもあります。
そんな場としてご利用いただければ嬉しいな、と思います。
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