後継者の親への恩返しと恩送り ~事業承継は誰のためかを考える

親である先代社長のために会社を継ぐ。
親の事業を継ごうという後継者・二代目社長のお話を伺うと、そんなニュアンスのお話を耳にすることがあります。親から育ててもらった恩を返すために、会社を継ぐ。日本の道徳観として、親は大事にしなければならないという前提がありますから、そういった話は美談になりがちです。しかしそれは、事業承継の本質とは少しずれているような気もするのですがいかがでしょうか。

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事業承継の本質的意味

企業の役割は人の幸せ

かのドラッカー氏は企業の目的は「顧客の創造である」と喝破しました。これはすなわち、社会に幸せを増やすことではないかと私は考えています。なぜなら、好んでその会社の商品やサービスを買いたいと考える顧客がいるということは、そに会社に顧客の求めるものがあるからです。企業の目的が人の幸せを増やす機関を引き継ぎ、運営し、より多くの幸せを生み出す方向へ指揮することが事業承継ではないかと思います。

ここで大事なことは、企業は創業者のためであるとか、先代のためであるとか、そういった目的をもって存在しているわけではないということです。後継者・二代目社長が見るべきは顧客です。だから、先代のために会社を継ぐのではなく、顧客に幸せという価値を提供し続けるために会社を継ぐ、というのが本質ではないかと思います。

恩返しと恩送り

もう一つ検討しておきたいのが、自分が受けた恩を先代に返すことに後継者が全力で取り組んだとしましょう。これでは、関係性は非常に親子で行ったり来たりしているだけです。閉じた閉鎖的な関係になってしまいます。

そもそも生物の基本的な方向性が種の保存と考えたとき、若い命と、そうでない命のどちらかを天秤にかけるとしたら、おそらく答えは明快でしょう。それを人間社会に適用するならば、後継者・二代目社長は先代から受けた恩を先代に返すのではなく、先代から受けた生や能力、教育を次の世代に活かしていくことこそが本望ではないかと思います。だから、先代である親から受けた恩は、次の世代の人たちに恩送りをすることが重要ではないかと私は考えています。

もちろん、それは親をないがしろにせよといっているわけではありません。私たちが生きていること、そして備わった遺伝的資質や、育った環境で獲得した様々な能力や、受けた教育は、親が生んでくれてこそのことです。そのことに対する感謝はとても大事なと思うのですが、それと恩返しをすることは別物と考えたほうが良いのではないかと思うのです。

恩を受けてそれを返すという閉鎖的な関係性から、受けた恩を狭い関係性の外に恩送りという形で放出する。そんな流れが、事業承継というイベントの中に内包されているのではないかと思うのですがいかがでしょうか。

後継者は親のために生きてはいけない

親の夢を子供に無理強いするとしたら……?

親が断念したことを子供に託すパターン、今でも結構ありますよね。古くは『巨人の星』にはじまり、いろんなドラマで親の夢を子供に託す物語がありました。当時はそういったことが当たり前の時代だったのかもしれませんが、未だ子供が嫌がるのにピアノを習わせる、サッカーの特訓をする、など誰のため?と思うような夢託しをしている話を耳にします。程度問題ではあるのでしょうが、子供がかわいそうに見えてしまうのは私だけではないと思います。

近年はちゃんと子供の意思を尊重しよう、という雰囲気があるにもかかわらず、家業の継承については今でも根強く「子は親の事業を継ぐべき」的な言われ方をしたりすることがあります。世の中では家業を継ぐというのはけっこう「お得」なルートと思われているというのもあるでしょう。レールに乗っていればくいっぱぐれはないと考えている人は予想以上に多いようです。現実はそんなわけにはいかないのに。

そんな環境にあって、後継者・跡継ぎ・二代目社長といわれる立場の人は、親のために会社を承継します。これってまさに、そして大リーグ強制ギプスでもはめられたかのように、理不尽な環境で仕事をすることになりがちです。そして意外とそのことに疑問を感じないというか、そこに耐えられない自分を自己嫌悪する後継者は意外と多い。自分が望むと望まないとにかかわらず進まざるを得なかった道で、理不尽な状況に接し、歯を食いしばって戦っているけど誰も認めてくれない。そんな状況にあって、親の期待に沿えない自分を責めているって、どうみても昭和のスポコン物の世界。まずはそういうとらわれから脱する必要があるのかもしれません。

親は子に見返りを求めてはいけない

良く親から子への愛は、無償の愛だといわれます。つまり、一方通行の愛です。長い人間の歴史の中で、長老はコミュニティの中で生かされてきたという経緯があったからなのか、子供を何かあった時の保険のように考えられてきた節があるのですが、その結果が今の高齢化社会における様々な問題として噴出しているのかもしれません。

生物の多くは次の世代を活かすために、老いた世代は当たり前のように若い世代の発展の下敷きになります。人間も同じ生物としてのくくりで考えると、やはり若い世代が活躍できるように先代世代は一歩下がって彼らをサポートする、彼らを活かすために尽くすということが必要になってきます。しかし残念ながら、そういった世代交代を認めようとしない人も少なからずいます。それが現在の経営者の高齢化につながっていると考えてもおかしくはないように思います。

何が言いたいかというと、親世代は子世代に何か負荷を与えないような拝領が必要だということです。もちろん、見返りも期待したいところだと思いますが、それはこれまでの親世代の人たちが子世代の人たちとどう接してきたかによって変わってきます。自分のことしか考えず、ワンマンな人生を過ごしてきたなら、最後もワンマン(つまり一人で)この世を去ることになるでしょう。逆に無償の愛を注いできた人は、多くの人に囲まれた老後生活を送ることができるに違いありません。

公私を分けて考えよう

親に報いるという考えは悪いものではありません。しかし、事業とプライベートは別物です。先代は多くの場合、講師はかなり混同されているケースが多いとは思いますが、後継者・二代目社長はある程度底は分けておかないと、従業員からの信頼を得られないことも多いと思います。で、公私を分けて考えるなら、先代のために跡を継ぐというのはもってのほかなのです。これは全くの私的な動機ではありませんか。もちろん後継者・二代目社長が若いうちはまあそれも仕方ないかもしれませんが、10年、20年と会社とかかわる中でそういった考えは捨てる必要があるように思います。親に報いるには別の方法を考えるべきで、会社と親は区別しておいたほうがいいと思います。もちろん、先代の言葉や意志を大事にすることは必要ですが、それらはかなり絞り込んだものであるべきだと思います。

繰り返しますが、親のための事業承継ではありません。

だとすれば、あなたにとって、どんな事業承継の形が浮かぶでしょうか?一度、そんなテーマで考えてみてもいいかもしれません。

 

本文の内容と近いお話を動画でもしています。よろしければご覧ください。

 

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