後継者から見て理解不能な先代の行動

お金がないないといいながら、社名入りのノベリティを作る。
今すぐやる必然性のない社屋工事をやり始める。
自分の乗る社有車をその必要が生じないのに思い立って買い替える。
唐突に社員旅行を企画する。

など、会社にとって今必要でもないことを唐突にやりだす先代社長というのはけっこういるものです。
後継者としてはそんな風景を見てイライラするシーンもあるかもしれませんが、話せばわかるのでしょうか?
私はそうは思いません。

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会社の評価=後継者の評価 そこにぶつかる親経営者

Gino CrescoliによるPixabayからの画像

後継者には理解不能な親経営者の行動

社名入りノベリティも、社屋工事も、車の買い替えも、社員旅行も。
誰のためにやっているかを考えてみるとしっくりくるのですが、これは本能的に「自分を良く見せたい」という思いからそういった行動を行っている可能性が高いと思います。
経営者というのはそういった自己顕示欲が非常に強い人が多いのです。
だからこそ経営者という大変な役割を全うできるわけなのですが・・・。

繰り返しになりますが、これは「本能的」な行動なので、後継者には理解不能です。
表向き経営者はその理由をもっともらしく説明するかもしれませんが、そこに根拠はありません。

そこで多くの場合、親子つまり経営者と後継者での言い争いが発生しがちですが、これを論理的に話し合おうと思っても無理があります。
恐らくこういう時、後継者は「会社にとって意味がない」という論調で親を説得しようとしますが、そもそも親は会社のための行動ではないので議論は平行線になります。

潔癖な世界を望む後継者

親である経営者が会社を私的に運営する傾向がある一方、後継者はそういったことに潔癖であろうとします。
それはなぜかというと、そもそも会社自体がいい会社にならなければ、後継者は常に存在意義を問われるからです。
風紀が崩れ、マネジメントがグダグダな会社になってしまうと、後継者は周囲からどんな目を向けられるか?という恐れに常にさらされています。
創業社長は勝手気ままにやって、自分の好きにやっていればよかったのですが、後継者は会社が傾けば自分が無能という評価にさらされるわけですから、会社が「キレイ」であることは重要です。

ごくたまにですが、親が会社に対する管理がルーズで、社内のモラルがダダ下がりである会社を継がねばならない、と頭を抱える後継者からの相談もあったりもします。
逆に、後継者が潔癖を求めすぎ、現実的な経営とはかけ離れた世界へ行こうとすることもあります。
それはそれで可能性の追求という意味では素晴らしいと思うのですが、なかなかうまく成り立たないことも多くある程度の「許容度」はもったほうがスムーズであることはあると思います。

相いれない親経営者と後継者の視点

ここまで見てきたように、親である経営者と、子である後継者は会社に関わる根本的なモチベーションがまったく違います。
だから当然、やろうとすることも重なることは少ないと思います。
これが表面化することで親子の確執が現われるわけです。
多くの場合親子の確執が起こると、人は「話し合うべきだ」と言いますが、親子の視点はまったく別です。
話し合ったところで、それぞれの正義が違う以上、話がまとまるはずもないのです。むしろ、話し合えば話し合うほど、「なぜこんなことがわからないのか?」という不信感を募らせるばかりになることが多い。

後継者の不幸は、「会社を背負う」ことを求められる一方、「会社を任されず」さらに「親経営者の自己顕示欲による行動」と闘いつつそれを進めていかねばならない、という難しさがあるのです。

世の中では、後継者の経営資質がどうのという話は多いですが、それ以前に、後継者に求められるハードルが高すぎるのかもしれません。

「前提」と捉えざるを得ない

birglによるPixabayからの画像

話してわかる問題ではないから

さて、理解不能な親経営者の行動は、論理的に導き出されているものではないことが多い、というお話をしました。
むしろ本能に近い衝動で動いています。
となると、それを他人が変えるという事は、それこそ手枷足枷をつける以外にはなかなか方法論としては思いつきません。
しかし、悲しいかな後継者は、「いつかはわかってくれる」という希望を常に抱き続けがちです。
それは残念ながら幻想です。
むしろ後継者は親である経営者が変わってくれることで、自分の仕事がやりやすい環境がいつか現れるという期待というか、そういった未来に縋っているのではないかと思います。

期待があるから、裏切られると余計につらいのです。
親は自分の思ったように変わってくれるに違いない、と思っているから変わってくれない親にイライラするのです。
だったら、こう考えてみてはいかがでしょうか。

親はそういうワガママというか、頑固というか、制御不能だからこそ、親なんだ、と。

その特性を使って会社をここまで引っ張ってきた、という現実はあります。それを尊重するなら、そういう人であるべくして、そういう人なんでしょう。
それを含めて親を受け入れてみるのです。
つまり、親の応援を得られない前提で会社を引き継ぐ、という事が大事なのではないかと思うのです。

というか、誰か初めにこういうことを誰か教えてあげる仕組みが必要だと、最近強く思います。

突然現れる障害とあらかじめ想定した障害

後継者は比較的こういった親の言動に対して無防備なことが多いと思います。
なぜかというと、事業承継の目的は会社をスムーズに引き継ぎ、引き継がせることだと思っているからです。
しかし一方で、その本質的な目的にフルコミットしている経営者は決して多くはありません。
それは、「高齢になっても社長であり続ける」という姿勢から見ても明らかです。自分は年齢的にもいつ何があってもわからないところにいるにもかかわらず、会社の中心であり続けようとするのはどう見てもおかしいのです。
逆に、一時的に業績を落としてでも、若い後継者にそこを乗り越えるという経験を積ませなければ、会社の永続的な繁栄などありえません。
頭ではわかっているけど、ついつい手を出してしまう。
これが親経営者のありがちな行動パターンです。

こういった人に、「もし突然あなたが逝ったとしたら、会社はどうなるんですか?」といったことに明快な答えを出された方を、私はみた事がありません。
あえて厳しい書き方をするならば、会社存続よりも自分のやりがいのほうが大事な人が大半である、という事です。
だから後継者は、期待してはいけないのです。

逆に、「親である経営者はそういうもの」という前提で物事をとらえておくと、いろんな事態に対処しやすくなります。
突然の親の不可解な行動も「ああ、始まったな」というくらい落ち着いて対処できるようになります。
「なんでそんなことをするんだ!?」と歯ぎしりすることから比べると、雲泥の差です。

起こる事態に対処する

「そういうものだ」という認識を持てば、そういった「予測不能な親のふるまい」にたいして自分で責任を持つという認識が可能になります。
へんてこに見える行動を含めて後継者は自分の責任だな、と考えるようになります。
つまり、親がいない前提の事業承継ではなくて、親も含めた形の事業承継という絵を描くようになります。

この事で、様々な検討要素は増えますが、その分、現実的と言えるでしょう。

そして後継者は、人としての成長を促されます。
相手を自分好みにかえようとするのではなく、相手のあるがままを受け入れるのですから。
そうやって見たときに、親のいつもとは違う一面を感じ取ることさえできるかもしれません。

親子の確執の解消は、双方、あるいは後継者の人間的成長が促されることで成し遂げられるもの、と私は考えています。

 

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