目の前の苦しみを乗り越えられる後継者と、すすめなくなる後継者

多かれ少なかれ、親の会社を継ぐ後継者は様々な悩みを持っているものです。
・親との確執
・周囲の非協力的な態度
・家業の展望への不安
・自身の将来への不確実さ
・経営者・後継者という立場へのプレッシャー
などなど、枚挙にいとまはありません。

世の中には、家業を継ぐ子息子女が多数いる中で、こういった悩みや不安で動けなくなる人もいる一方で、前に進む人もいます。
その間にはいったいどのようなギャップがあるのでしょうか。

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「創業者は普通の人ではない」からワンマン経営になる

Steve JohnsonによるPixabayからの画像

会社の寿命は自社商品の劣化とともに終焉を迎える

一般的に知られている話として、企業の寿命は約30年という説があります。その根拠は、ある出版社が過去100年にわたる、日本のトップ100社の状況を分析した結果算出された平均寿命だったというところにあるようです。永続性を求めて法人化し、しかもトップ100社といえば多くは上場企業でしょうから、上場することで公的な存在になってなお、持つのはたった30年です。これはどうも経営者の能力なんかとは少し違った視点で見ないと本質を見誤るように思います。

そこで私が考えているのは、商品の劣化が会社の衰退を招いているという事です。起業当初に画期的だった商品は、30年もすれば普及し、当たり前になり、競合製品に駆逐される。とくに、イノベーションが起こった市場においては、たとえばフィルムカメラが駆逐され、デジカメやスマホにとってかわられたように、事業のベースとなる市場そのものが消えてなくなることがあるわけです。その変化についていけなかった企業が、30年ばかりの寿命を終えていくのだと思います。

となると、事業承継における後継者の役割は、次の30年を支える商品を開発あるいは発掘し、世に広める事に尽きるといえるでしょう。それができた会社は生き残り、できない会社は消えていく。こういったシンプルな構造のなかでの問題は、3つあります。

一つ目が、後継者がその役割を認識していない、あるいは認識していてもそこへ向けた行動が行えないという事。
二つ目は、後継者が仮に自分の役割を認識して前に進もうとしても、先代(多くの場合は創業者)がその行く手を阻むという事。
そして三つ目は、従業員も多くの場合、変化を求めていないという事です。

創業者は異能の人

あの日清食品の2代目社長であり、カップヌードル生みの親である安藤百福氏のご子息である安藤宏基氏は、ご自身の著書『カップヌードルをぶっつぶせ!―創業者を激怒させた二代目社長のマーケティング流儀』でこう記しています。

私に言わせれば、創業者とは普通の人間ではない。
異能の人である。

一方、創業者の事業を引き継いだ後継者は、私も含めて、だいたいが普通の人である。したがって、創業者と二代目の確執とは異能と煩悩のせめぎあいといっていい。

”異能”であるがゆえに、社内ではかなり高い確率でワンマン経営であることが創業社長のマネジメントの特徴といえるでしょう。
その独創的な発想、強い上昇志向、細部へのこだわり、といったことからすべてをコントロールしようとするがゆえに、周囲を圧倒的なカリスマで率いるマネジメント。
ですから、周囲にはイエスマンしか残りません。

実はこのワンマン経営スタイルが、創業当初、創業者が創り出した、あるいは発掘した商品・サービスに対する意見を言えない状況を生み出します。
皮肉な話なのですが、創業者の着想が独自性が強ければ強いほど、会社の寿命を存続させにくい環境を作り出しているといえるでしょう。

このようにワンマン化した会社を一般の人が継ぐのはまず不可能です。なぜならば、先述の通り社内にはイエスマンしか残らないからです。自分の頭で考えるという癖を持たず、創業者の指示待ち社員がそのまま跡を継いでもうまくいくはずがありません。なにしろ、非凡な会社を平凡な人が継ぐのですから、益々劣化していきます。こういった際によくあるのは、社外から社長を招聘するパターンですが、私の知る限り5年と持たずその社長はクビになっていることが多いのではないでしょうか。

ワンマン経営を切り崩す最後の切り札が「親族後継者」

創業において非常に重要な役割を果たした創業時の商品・サービス、あるいは事業そのものですが、これが役割を終えようというタイミングになっても、その商品・サービス・事業に愛着のある創業者はどうしても次のステップに移行するのが難しいものです。そして、ワンマン経営によって無意識レベルで社内から自分に「意見する者」を排除してきた創業者。ここに「子どもであるから」という理由で入ってくるのが、後継者である子息・子女です。

私たち後継者は、一定程度親のことをリスペクトしていると思いますが、一方で、反抗的な部分も持ち合わせています。ましてやこれまではワンマン支配を続けてきた創業者に意見できる人などいなかったところに、後継者は親族であるがゆえに、それなりに言いたいことを言うことが多いと思います。その結果、親子の確執が起こるわけです。

ここで起こる親子の確執は、個人的な感情のもつれという部分ももちろんありますが、ワンマン経営というこれまで長年かけて作られてきた社内のマネジメントを打ち壊す行為でもあるといえます。そしてそれは、創業者の偉業にたいして、ある意味反対意見を提示する行為とも言えます。これは親子であるからドロドロになるという一面もありますが、そもそも、ワンマン経営を突き崩すというのは創業者の人格否定を行うことに等しい行動であるわけですから、一筋縄でいかないのも当たり前です。

前にすすめなくなる後継者に不足しているもの

Free-PhotosによるPixabayからの画像

自分は後継者として不適格なのでは・・・?

私自身、後継者として父の会社に入って、次々と様々な不安が頭をよぎりました。いつまでたっても一人前になれない自分がいて、それでもリーダーシップを発揮しなければいけないというプレッシャーがありました。さらに言うなら、このままの状態で会社を継ぐというのは、自分の個性やスキルからいって無理だから、会社をもっと変えていきたいという思いもありました。こういった問題がごちゃ混ぜに押し寄せてきて、自分はもうそんな感情の海の中でおぼれているような状況に陥りました。

それでも毎日時間は進んでいくし、毎月の業績の締め切りがあり、その時、目標に至らなければ自己嫌悪にさいなまれる。

毎日毎日自分を否定して、せめて会社を休まないという努力だけはしようと、子どもの運動会を見に行くこともせず休まず出社。こうなると家庭においてもちょっとややこしくなってくる。仕事でもプライベートでもグダグダで将来には何の希望もない状態がずいぶん長く続いたでしょうか。真っ暗闇の中で、毎日が早く終わってくれることだけが私の望みで、いっそのこと自分がこの世界にいる理由なんてないんじゃないか、なんて思うこともありました。

始まりは自己嫌悪からなのですが、ここまで闇が深くなってくると今度は、周囲のせいにし始めました。自分のいう事を聞かない従業員、私より先代を優先する取引先、「先代はこうしてくれたのに」と親との比較をする顧客、いつまでも頼りないと口にする親、闇を抱えた事業としか思えない家業などなど。そもそも、この親の元に生まれたことさえ後悔していた、というのが当時の偽らざる心境でした。
そして私は、動けなくなってしまいました。

動けなくなった私に不足していたもの

この時に、私がどんな状況かというと、妻も子供もいてそれなりに仲良くはやっていました。そして、収入もまあまあ悪くない金額を手にしていました。
ローン中とはいえ分譲マンションを所有し、日々の仕事は物理的な量としては多すぎない感じです。
当時はまったく気づかなかったのですが、そこそこ悪くない暮らしをしていました。

しかし、何かが足りないという感覚がいつもあって、その足りないものを埋めることができないかをずっと探し求めていました。なんとなく「もっとお金があれば幸せを感じる、あるいは将来への不安がなくなるのかも」なんて言う風にも感じていました。もっといいクルマに乗れたら、なんだか幸せになれるのかも、とかいろんなことを考えていました。けどたぶん、上を見ればきりがないわけですが、まあ平均よりかは高い年収も受け取っていたし、クルマだって超高級車ではないにせよ、そこそこのグレードのものに乗っていました。
足りないのはそういうものじゃないんですね。

じゃあ何かといえば、少し大げさに聞こえるかもしれませんが、生きていく意味みたいなものが解らなくなっていたんです。
子どものころはそんなこと考えたこともなかったんですが、親の会社に入って、なんだか自分が必要とされていないというか、ここに自分の居場所がないような気がしていたとき、自分に足りないのは生きる目的だったんじゃないか、なんてことを思い始めました。

そこからいろいろ探求した結果(過程を描くとあまりにも長くなりますので、今回は結果のみでご容赦ください)、ある結論に至ります。それは、自分が一生懸命になれる事こそが大事なんだという事です。
なるほど、特に親の会社に入って、親と衝突して、やろうとすることがうまく応援を得ることが出来なくて、親の言うとおり仕事しているとき、なんだか中身が空っぽになってる感じがしていたんですね。
大事なのはたとえ親と意見が食い違っても、やり通したいことを持っているかどうかがとても大事なんじゃないか、と思ったのです。

言ってみれば、親の会社の1人として、何を成し遂げたいかが明確ではなかった、という事です。

確かに、毎月の業績の目標や、
業界における常識的なミッションや、
なんとなく魂の感じられない経営理念はあったのですが、
みんなこれ、周囲から強制されるとか、「そうあるべき」みたいな感じで作られたものとか、有名無実なものとか、そういった虚飾にあふれてるような気がしたんです。

これを正していきたいというような大それた話ではないのですが、私は目の前の物ごとを二つのジャンルに分類しました。
一つは、「恐れからやっている事」と、二つ目は「やりたいからやっている事」です。
たとえば、売上が下がるから営業をしなければ・・・というのは売り上げが下がるから仕方なく営業をしています。
逆に同じ営業でも、「こんなにいいものを多くのお客様に伝えたい」という事であれば、まさにやりたいからやっている営業といえそうです。

そして、かなり無茶な話ですが、「恐れからやっている事」をできるだけ辞めるように仕向けて行きました。これは私のなかでは結構な冒険ですが、逆に自分なりに考えて出した結論なので、それなりに強い意志があります。すると、親と言い合いになっても引かないんです。

どうやら動けなくなっていた私に不足していたのは、意志の力のようだったのです。

動ける後継者はみな持っている「意志の力」

その出所は人によってさまざまでしょうが、私の知る限り、親との確執を乗り越えるエネルギーというのは、「やりたいからやる」という自発的な意志の力ではないかと思っています。
それが仮に盲信であったとしても、それはどうでもよくって、むしろ大事なのは「恐れからの行動」ではないことが大事です。

例えば私の場合、当初は「このままの会社を引き継いだら将来大変だ」という恐怖から、会社を変えようと必死でした。そうすると、なかなかうまくいかないし、内外からの抵抗を受けやすい。しかも、抵抗に対抗する力はわずかなので、どうしてもポキリと心が折れてしまいます。しかし、「こうやりたい」という気持ちはもっと強く、弾力性があるように思います。

とはいっても、「会社をこんな風にしたい」というイメージがまだまだつかない後継者の方も多いと思います。そういう人に提案したいのは、どうなれば自分は幸せになれるか、という基準で経営や会社のことを考えることです。一般的には、社員が大事だから優先せよとかいわれますが、ひとまずはそんなことは忘れて、自分が幸せになるにはどうするかです。自分が幸せになることこそが人生の目的ですから、それ以外のことは後回しです。ただどうやら、自分が幸せである前提には、周囲の人も幸せであることが重要なので、結果としては周囲の幸せのことも考えることになるとは思うのですが。

ぜひ、一度、自分にとって幸せな状態とは何かを、考えてみてください。そしてその思いにしたがって行動してみてください。今までに見ることのなかった新しい状況が目の前に出現するかもしれませんよ。

 

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