最近、「コロナうつ」なんて言う言葉を耳にしました。
色々とネットを見てみても統一的な見解は見当たりませんが、私なりに解釈すると原因にはこういったものが考えられるのではないでしょうか。
・将来への漠然とした不安
・周囲とのコミュニケーションの減少
・自分がやっている事の価値が見えにくい
・あるべき自分の理想とのギャップが明確化する
などなど。
これってけど、二代目経営者・後継者・跡継ぎにありがちなシチュエーションやん!と思ってしまいました。
20歳代、30歳代の私の環境はだいたいこんな感じでした。
もちろん、不規則な生活や、運動不足、日光に当たらないとか、外に出られないとか、上にあげたこと以外にもいろんな問題はあると思いますが、それはある程度の自粛解除の中でバランスをとっていくしかないでしょう。けど、上にあげた状況をすでに経験している後継者・跡継ぎは今の時代、結構強いんかないでしょうか。
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Contents
20歳代30歳代で私が経験したストレス
未来が見えなくなった20歳代
大学を卒業してすぐ、私は親の会社を継ごうと親と同じ業界に飛び込みました。同業他社で半年ほど働かせていただき、夏には親の会社に帰ってきました。その時、自分のなかでは「この仕事は合わない」という感覚をすでに持っていました。単純に、保険営業という親の仕事が思った以上に自分にマッチしないことを感じたのです。いろいろもっともらしい理由はあげられますが、今から考えればすべて言い訳です。親の会社に入るというのは、ある意味退路を断ってその道に進むということとかなり近い話になります。親の会社を辞めるなんてそうそうできませんから。そうすると、もう不安しかないわけです。自分には合わない仕事が目の前にあって、けど周囲の期待はそれなりにある。この時に人を使う立場であれば、人を顎で使って仕事したのでしょうが、父度共同で事業を始めた先輩と、ほぼ何の権限も持たされない事務社員と親がいただけの会社です。いわば自分が一番の下っ端なので、自分で何とかしなければなりません。
この時にもはや未来に夢を描くというのが難しかったんです。
さらに、小さな会社で誰も共感できるような立場にいる人もいない。すると、社内での会話は限りなくゼロ。たぶん、20歳代から30歳代後半まで、社内で私が雑談をした時間は合計しても数時間ぐらいにしかならないんじゃないかと思います。それぐらい社内では無口でした。
さらに仕事においても誰もが黙々と自分の分野の仕事をやってるので、うまくいってもいかなくても社内のリアクションはほぼゼロ。あ、親に叱られるのはほぼ毎日でしたからゼロではないですね。マイナスでした。
もともと自分は、サラブレッドで、期待されて会社に入って、会社を未来に導く立場なのに、そのどれもが果たせない自分に自己嫌悪の日々。毎週月曜日が怖かったし、そもそも未来永劫自分が会社のために何か貢献できることなんてないんだろうなぁ、とボンヤリ思っていたくらいです。
この時点で、今のコロナうつを生み出す環境に結構似てたりしませんか?(笑)
こういう環境というか、辛気臭い人生を経験してきたおかげで、私にとってコロナでの在宅勤務とか、かなり天国です。
何がどこで功を奏するかわかりませんね。
それでも「前向き風」を装った30歳代
なんだか愚痴っぽい時分だったわけですが、30歳代くらいになってくるとだんだんとリーダーシップっぽいものを発揮しなければなりません。自分的にはこのころは、自分の家業の将来性にはますます期待できなくなってきていたのですが、それでも立場上「強い自分」「前向きなリーダー」を演出する必要性を強くかんじていました。平たく言うと、前向きっぽい自分を演じていたわけです。立場的に、前向きでなければならないと思っていたんでしょうねぇ。
だから、会社の拠点をいくつに増やそうとか、売上げや社員をどれだけ増やそうとか、まあとにかく大きくしよう、大きくしようと呪われていたように口にしていたような気がします。けどこの時すでに、心の奥底でちょっとそんな自分に違和感は感じていたんです。何かが違う。けど、それに気付いたら緊張の糸がプルンと切れてしまうような恐怖感というか、気持ちの悪い感覚がありました。
それでもある時、その自分の違和感を覗き見たとき、やっぱり違うんだということに気付いたのです。もちろん親が始めた保険の仕事はかけがえのない仕事の一つです。しかし私がそこに熱中してはまり込んではいけない、とも思いました。だから、社内にいる6歳下の弟にそのしごとの大半を任せ始めました。そういった動きは親は理解不能だったようで、ちょっとした対立はおこりましたが、私の想いがそれなりに真剣であることがわかってからはだんだんと親は何も言わなくなりました。受け入れられたのか、諦められたのかは未だわかりません。
それで私が無理なく前向きになったか、というとそういうわけではありません。
みんながスタートラインに立った?
同じ条件に立った皮肉
20歳代、30歳代にいろいろ悩んで、頭も白髪だらけになった私ですが、今この環境下になって「ああ、みんな同じスタートラインに立ったんだな」という感覚を持っています。
まず、私がかつて感じた孤独というか、後継者独自(とおもっていた)感覚を普通のサラリーマン、社会人の人が感じていることを、コロナうつの記事から感じ取ったからです。そして、たぶん今の流れでいくと、すごく残念な話ではあるけど、コロナの影響で職を失う人も大量に出てくるでしょう。そうでなくとも働き方はずいぶん変わって、事業の在り方自体も多くの業種で大変革が起こるように思います。なんとなく、嵐が過ぎ去るのを待っていたいと思う人も多そうですが、今の感じだとそういう風でもなさそうです。いろんなことを根本から見直さないといけなくなります。そうすると、親から継いだ会社を自分のテイストに変更する後継者・跡継ぎの人たちにとっては、結構追い風じゃないですか?安定を求める人にとっては結構つらい状況ですが、そもそも安定なんて言う考え方がなじまない後継者・跡継ぎにとってはみんなおんなじところに降りてきたんだね、ということなんだと思います。
世の中では、迷惑な扱いを受けているコロナが或いは後継者にとってはちょっとした追い風になるような気がするのです。すごく最悪の事態の話をするならば、会社をつぶしたとしたって今なら後継者・跡継ぎの能力の問題ではなくなると思うんですね。だから思いっきりやればいい。しかも、多くの人がストレスを受けて苦しむ環境を、少なくとも私は何十年も経験してきて、それなりに自分のメンタルの対処法はわかっているわけですから、ちょっと不謹慎かもしれないですが、自分の時代が来たのかも、なんていう期待感を感じています。
非常識な方法を考えてみる
そんな中、今わたしが自分に課しているのは「非常識な方法を考えろ」ということなんです。結果としてやることが同じになったとしても、その方法を徹底的に非常識なやり方に振ったらどうなるか、ということです。それを実践するかしないかももちろんケースバイケースだと思います。
なぜ、非常識なのかというと、少なくとも今まで通りの方法でやっていたらビジネスが衰退するというイメージがあるとしたら、何かしらやり方を変えなければならないのはお分かりだと思います。じゃあその変化をどう作っていくかということなのですが、ちょっとやそっとの変化ではたぶん、時代のうねりには対応できないんですね。なぜかというと、長年その業界で染みついた「業界の常識」を超えるのはけっこう難しいからです。そこの思考のハードルを越えてブレイクスルーを興すには、すべての逆張りするくらいのところから始めないとたぶんうまくいかないのです。ご承知の通り、新しい商品やサービスが世の中を席巻するとき、はじめは「こんなもの上手くいくはずない」というところからスタートするのが一般的だと思います。で、「こんなものうまくいくはずない」ということをアイデアとして出すのは意外と難しいものなのです。そこに到達するには、業界では一笑に付されるアイデアが必要で、そのためには最低でも「非常識」であることが重要になるんじゃないかと思います。
だから今は朝から晩まで「非常識な方法」をずっと自分に問いかけをしています。誰にでも使える方法ではないかもしれませんが、良かったら皆さんもハイ、どうぞ。
「非常識な方法は何がある!?」
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