先代である親の癇癪から身を守る方法

経営者という人種は良くも悪くもかわりものが多いように思います。
普通では考えられないほどにガンコだったり、エキセントリックだったり。
具体的には、なにかいつもイライラしていてあたりに怒鳴り散らすのですが、周囲にはそのイライラの原因はよくわからないことも多いと思います。
性格にも偏りがあったりする人も多く、一人の人としては非常に付き合うのが難しい人が多いのが現実です。

こういった経営者は社の内外に対して非常に理不尽なふるまいをしますが、その最も近い場所にいる同族の後継者として、極端な性格を持つ親とどう付き合っていけばいいのでしょうか。

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何をやっても怒りだす社長

StockSnapによるPixabayからの画像

出入り業者としての経験

私の親の家業は保険屋さんでした。だから、その仕事を覚える過程で、たくさんの経営者の方とお目にかかる機会がありました。数千に及ぶお客様のなかでもとりわけ印象的な経営者が何人かいらっしゃいました。
その中のお一人は、印刷関連の20名ほどの工場を経営される社長でした。当時にして齢70歳。若かった私は、いつもその会社を訪問すると叱られていました。
「印鑑?そんな面倒、客にとらせるな」
「お前のところの保険は高いんだよ」
「ほら、小切手」(プイ、と放り投げる)
何かを提案すると、「余計なことを言うな」と言われ、提案していないと「お前のところは情報を提供できてない」と怒り出す。
・・・とまあ、私も20歳代だったので大人しくしてましたが、今だったらケンカしてるかもしれません。

ある食品卸業の社長は、「夕方16時ごろに来い」というからアポイントを取っていくと、もう会社から退社していました。日を改めて15時ごろ行くと「なんでこんな忙しい時間に来るねん!」と怒り出す。「約束の時間に行ったらいなかったので」と理由を話すと「ごちゃごちゃ言うな」とおしかりを受ける。

まあなんとも理不尽。

けど、こんな人たちでも機嫌のいい時は悪い人じゃないんです。上手くタイミングがあえばいろいろと良くしてくれるのです。たぶんこんな理不尽な社長の下でもたくさんの社員さんがついてこられているというのは、それなりの魅力があるからなのでしょう。

冒頭でお話ししたとおり、経営者というのはどこか偏りを持った方が多いというのは私も肌感覚で感じています。そりゃあ、サラリーマンをしていればとりあえずは将来安泰だった時代に、会社を飛び出して起業する人たちですからある意味、普通ではない人たちなのは当たり前なのかもしれません。

程度の差こそあれ感じる先代である親のイライラ

このような社外で感じていた理不尽ほどではないにせよ、私も親との関係の中でいろいろと疑問を感じるシーンがあったのは事実です。
たとえば、先代である親の仕事を誰かが気を回して手伝うと、逆に叱られることが多かったのです。何を叱られるかというと、やり方とか、表現方法とか、非常に細かい部分での指摘です。本来こうすべきなのに、違う方法でやった、と叱られるのです。じゃあその正しいやり方を教えればいいのですが、教えてはくれません。周囲の人への許容度というか、自分と同等の完成度でやれない人間の手伝いは排除していたという感じです。そして、そんな人は世の中にはいないのですが・・・。

周囲はそういう経験をすると、もう怖くなってそれ以上手を出そうとしなくなります。君子危うきに近寄らず・・・ということなのでしょう。けっか、いつまでたっても先代である父の机の上は父だけができる仕事が詰みあがっていきます。その仕事がたまることに対してイライラが募ると、どうしても周囲への風当たりは強くなります。だから周囲の人は、仕事をためないように手伝おうと思うけど、手伝うと叱られる。そんなループが社内であったりしました。

こうなると周囲の人間は大変ですね。
一般の社員ならまだ距離を取ることが可能かもしれませんが、後継者・跡継ぎという立場ですとなかなか距離を取りにくい。
こういったときにはどうすればいいのでしょうか。

怒りたいから怒る

感情は自分で選んでいる

後継者・跡継ぎに限った話ではありませんが、とても重い誤解があります。それは、「親である先代がイライラしているとき、自分が原因なのでは?自分が至らないからではないか?」という思いです。
親がイライラしていて、自分の心がざわざわするとしたら、その時にできるだけ冷静になって自分の心の内を見てみてほしいのです。親が怒っているのは自分のせい、という思考が浮上してきていないでしょうか?もしそんなことになってるとしたら、結構大変です。なにしろ、親が気まぐれで起こりだすたびに、自分で自分を責めているのですから。

もし、そういった思考が思い浮かぶなら、こういうことをまずは知って頂いたほうがいいと思います。それは、「感情はその人自身が選んでいる」、ということです。
「選んでいる」と言われてもピンとこないかもしれませんね。もう少し言い換えると、その感情を選ぶ癖を持っている、という言い方がしっくりくるかもしれません。

たとえば、友達が待ち合わせに遅刻したとします。
そのことに「何か起こったのでは?」と心配する人もいれば、
「人を待たせるなんてサイテー」と怒り出す人もいます。
「自分のことを軽く見ているのでは?」と関係性の不安を感じる人もいるかもしれません。

起こった事実は「待ち合わせ時間に友人が現われなかった」という一つのことなのですが、その時々に応じて起こす反応は人によって変わってきます。
まさにこの反応の仕方にその人の思考の癖や、その感情をあらわにすることで受けているメリットなどがある事が考えられます。

親である先代はなぜ「怒る」のか?

親である先代はそもそもなぜあんなにヒステリックに感情をあらわにするのだろう。後継者・跡継ぎの方はきっとそんな疑問をお持ちだと思います。
これは例えば、自分を尊重させるための戦略であったり、周囲へのマウンティングであったり、自分の仕事を奪われないための防衛線であったりする可能性があると私は考えています。いずれにせよ、先代である親は感情的におこったり怒鳴ることで、何かしら自分にとってメリットのある展開を経験した、あるいは期待しているということが考えられます。だから周囲の人が、ヒステリックな親を理解しようとしたときに、彼らが怒鳴ることでどんなメリットがあるのかを知ると、怒りの奥にある理由がわかるのではないかと思います。

あまり適切なたとえではないかもしれませんが、駄々っ子が駄々をこねるのは、自分の要求を親に認めさせるためであることが多いと思います。親の怒りも、周囲に自分の考えや存在を認めさせるためである、という方向感がヒントになることが多いと思います。

要求を通すために駄々をこねる。
自分の存在や考えを周囲に知らしめるために怒る。
どちらも共通しているのは、「自分の目的のためにある感情を選択している」と言えるのではないでしょうか。
自分の目的達成のために怒っている。これはすなわち、怒るメリットがあるとかんがえるから怒る。つまり、怒りたいから怒っているのです。

もちろん本人は、そういった計算をしているわけではなくて、過去に怒ることで目的を達成できた(駄々っ子で言えば駄々をこねることで何かを買ってもらえた)経験があるから、反射的に怒る癖がついてしまっているのです。だから、怒ることそのものに大きな意味がないことも結構あって、軽くスルーしていればすぐに機嫌をなおしていることもあったりしないでしょうか。
ましてや、後継者・跡継ぎのせいで起こっているわけではないことも多いのではないかと思うのです。

イヤな感情が有害とは限らない

Gino CrescoliによるPixabayからの画像

親の怒りに対処しようとしないほうがいい

親が怒ることで感じる苦痛は一つは、その火の粉を自分も浴びるかもしれなかったりすることでしょう。もう一つは、その原因を作ったのは自分かもしれないという、責任感というかそんな感情があるのかもしれません。とくに後者の場合、キューっと胃を絞られるような苦しい感覚をおぼえるかもしれません。

だから私たちはこのシチュエーションに対処しようとしてしまいます。
・どうすれば親は怒らないだろうか?
・今の親の怒りを鎮めるにはどうすればいいのか?
・自分がどうなれば親はイライラしないのか?
このような問いをもって、その解決策を探そうとしてしまいます。

けど、前にお話ししたとおり、親の感情は親自身が自分で選択しているものです。
それを私たちが同行する必要はありません。
怒りたいなら怒らせておけばいいのです。
好きで怒っているのですから。

ここで親の怒りに対処しようとすると、親の言いなりな自分ができて、さらに自分の自信がなくなり、人生に対する空虚感が増していきます。
だから親が怒っているなら、怒らせておけばいいのです。

不安定な自分の感情にどう対処すれば?

親が怒っていても放っておけ、とか言われても、目の前の親のイライラはどうしても自分に伝わってきます。今度はそのイライラを自分のなかでどう処理すればいいかがわからない、と悩みだしてしまいそうです。そんな時は、不安とか、イラっとするとか、怒りとか、そういう自分の感情は自分の感情として、普通に受け止めればいいと思います。
多くの場合私たちはなにかに不安を感じるとき、不安に対処してから行動に移そうと考えがちです。けど気持ちを無理に整えなくても、現実が変わればOKなわけですから、不安なまま何かをやり始めてもいい、というのが最近の認知行動療法の考え方のようです。

だから、不安とか不満とか、怒りとか苛立ちといった感情に対処しなくてもよくって、ああ自分は今不安を感じてるな、ということをひとまずは受け入れる。すると、だんだんとその状態に慣れてきます。いつもカリカリ怒っている先代をみて「ああ、またか(苦笑)」とスルーできるような状態がとりあえずの目標と言えるかもしれません。逆にネガティブな感情に対応しようとすればするほど、ネガティブな感情に力を宿らせてしまう傾向があるのではないでしょうか。

この考え方の基本は、『幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない: マインドフルネスから生まれた心理療法ACT入門』ラス ハリス (著) の内容を参考にしています。近年注目をあびる第三世代の認知行動療法ACTというものが解説されていますので、気になる方はご参照ください。

 

 

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