活躍する後継者は「正解」を求めない

こうすれば、喜んでもらえるだろうか。
こうなれば、認めてもらえるだろうか。

後継者に限ったことではないと思うのですが、無意識に世の中には「正解」と呼べるものがあって、そこへ向かうべきだと考えている。
しかし現在、様々な価値観が根底からひっくり返っている感覚があります。例えばですが、事業を営んでいる以上、売上を伸ばすのは当然のことのように考えられてきました。しかし一方で、『売上を、減らそう。たどりついたのは業績至上主義からの解放』中村朱美(佰食屋) (著) なんていうビジネス書が大ヒットしています。
評価を見てもおおむね賛意を表すもので、ちょっと驚くような現象が起こっています。

これまでの「正解」が揺るぎ始めている社会で、私たち後継者は親の会社をどのように継いでいけばいいのでしょうか。

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事業を大きくしていく中での苦労物語

私の父世代(70歳代~80歳代)の方々の話を聴くと、たいていこんな感じだと思います。
一時はサラリーマンとして仕事をしたものの、学歴など様々な理由で、自分の将来はさほど明るいものではないことを痛感。そして独立起業する。起業当初は苦労の連続だったが、それを乗り越えて何とか事業を安定基調にしていった。夢であった一国一城の主として、会社社屋や工場・自社ビルを何とか手にし、さらに会社を大きくするためにますます事業の発展にまい進します。

じゃあこんな話を2020年の今したとするとどうでしょう?素直に受け止める人もいるかもしれませんが、私はちょっと白々しく感じられるのです。
考えてもみてください。1980年代ごろであればまだまだ日本全体に伸びしろがあって、事業がそのまま拡大するイメージというのはけっこうあったように思います。しかし、今はどの業界も伸びしろがあるようには思えない苦しさにあえいでいるのではないでしょうか。そんな中、能天気に「当社はますます大きくなります!」と言われても、カラ元気にしか見えないのは私だけではないのではないでしょうか。印象としてはデカい青虫。

勢いと気合と、モーレツな仕事ぶりで切り抜けるフェーズは、2020年代の現在、すでに鳴りを潜めているように感じられるのは私だけではないと思います。

企業の進化の方向性

じゃあ、企業ってどんな風に進化していくのでしょうか。そもそも扱う商品や、提供方法はけっこう変わるかもしれません。また、今の時代のように「テレワーク」が前提になってくると、そもそも会社というつながりその物が感覚的なずれを生じさせるような気もするのです。テレワークをするに際して、仕事は細分化されるか、あるいは一人若しくは少人数で自己完結する単位に分解されることが多い。すると、細かな連携を社内で必要とされるシーンが減り、個人の能力がけっこう見えやすくなります。そうすると、恐らくですが会社という組織に所属して仕事をするか、外注で仕事をフリーランスとして請け負うか、というところの境界線があいまいになってきます。問題は、十分な仕事量があるかどうかなのですが、力があり、周囲の信頼を得た社員ほど仕事は充実し独立しやすい環境が整い始めます。すると、会社に残る人は自信のない人や特技を持たない人で、そうでない人はみなフリーランスとして独立する、なんていう未来も想像しないわけにはいきません。

実際のところはそれほど単純ではないとは思いますが、そういった流れは多少なりともできてくるのは間違いないと思います。そういったときに、「100年企業」「1000年企業」という考え方はすごく貴重である一方で、現実味を欠いているビジョンでもあるわけです。今までなら、100年、1000年続く企業を!といえば「いいこと言うなぁ」「これぞ企業の目指すべき方向性だ」という「〇(正解の丸印)」をもらえたのかもしれませんが、そんな硬直化した組織が果たして良いのか?という疑問も出てくる世の中ではないかと思います。

今のままの成長を考えるのが、デカい青虫になることだとすれば、後継者・跡継ぎとしてはおそらく「やっぱりサナギから蝶になりたい」と思う人が多いのではないでしょうか。

教科書のない未来

つまり、今の時代は、お手本もなければ教科書もない時代です。会社の未来に対して正解を求めて経営するというのは、結構微妙だと思います。何が微妙化というと、目指す正解というのが「過去の正解」なわけです。過去問をやって過去問の回答で答え合わせをするならまだしも、最新の問題を解いて、過去の解答集で答え合わせをするような経営を知らず知らずにやってしまっているのかもしれません。それはうまくいくはずもありません。今までの教科書はデカい青虫になる方法であって、蝶になる教科書はいまだ現われていない、と考えても差し支えないのではないかと思います。

今の問題の答えはどこにもない。この事を認識したうえで、「正解を目指さない経営」を後継者・跡継ぎである私たちは目指す必要があるわけです。ただそこで難しいのは、親や会社の社員はあいかわらず、過去問の模範解答に向かって仕事をしている可能性が高いということ。ここでやはり衝突が生じる可能性があります。後継者が正しいのか、親である先代が正しいのか、という正誤論争です。

正しいか誤りかは一旦捨てよう!

正誤論争で足の引っ張り合いをしないために

親子の事業承継で起こりがちな親子の確執の原因はいろいろ考えられますが、直接的な引き金になりやすいのが経営に対する「正誤論争」です。俺が正しい、いや、私が正しい、という後継者と先代のかじ取りの方針の不一致です。ここに従業員が入り混じって、会社を二分するような大惨事(?)になったりすることもあるようです。たとえば、某大手家具小売り業のプロキシー・ファイトなんていうのはまさにそんな感じじゃなかったかと思います。

ただ、こうやってお互いの足を引っ張りあうことで何が起こるかというと、会社が傾きます。これでは「事業承継」本来の目的から一番遠いところに行ってしまいます。事業を引き継ぎたいなら、ちゃんとその目的をしっかり定めようよ、と言いたくなります。いろんなお家騒動がニュースなどで報じられますが、みんな会社を守るため、と言いつつ会社のブランドを毀損しています。
大岡裁きの話はご存知でしょうか。
ある子供の母親は自分だという女性が二人現われます。その二人の争いは収まることなく、大岡越前の前で白黒つけようということになりました。大岡越前はお互いで子供の手を引っ張り、最後まで手を放さなかった方を母親と認めよう、と言います。実際に引っ張り出したら子供は痛みで叫びます。結局片方の親が耐えかねて手を放しますが、その女性こそは親である、と大岡越前は言います。自分の母親としての権利主張より、子どもの安全を重視したからです。

会社の継承も同じようなことが言えるのではないでしょうか。いつまでも会社という「子ども」の手を引っ張りあう先には、明るい未来など見えないように思うのですがいかがでしょうか。ここは、会社のために、自説を一時的に引っ込めてでも会社を維持することが、会社を存続させるために必要と言えるのではないでしょうか。

自分のストーリー以外が誤りと感じる傲慢さ

実際に私自身も経験があるのですが、親子で対立を始めると自分だけが正しいと思い込みがちです。もうこうなると人の意見など受け付けられなくなります。敵対(?)する親の意見のみならず、従業員やその他の人のアドバイスも聞くことができなくなってしまうのです。私自身、人を前にして「絶対に自分が正しい」と激白していたシーンを思い出して恥ずかしくなってしまいます。

「臨機応変」という言葉があります。
状況に応じて柔軟に対応する、といった意味になるかと思いますが、まさに後継者である私たちはこの臨機応変さを意識するのが大事なのかもしれないと思っています。自分で信じる道はあるのかもしれませんが、その道をたどるために、社内で争いを起こしていてはその道を歩むことなどできません。気が付いてしまうと滑稽なのですが、誰かと対立することは、わざわざ自分の進む道を困難の多い道にしてしまっているのです。
そういう状態に陥れば、「この抵抗勢力を排除する」ことが目的になりがちです。気が付けば、大岡裁きではありませんが、会社の健康に良くないことをやっている、なんていう笑うに笑えない状態になることもあるのではないかと思います。

何が言いたいかと言えば、自分のストーリーだけが正しいわけじゃない。そういう思いで、周囲の人たちの声を聴きながら組織を動かしていくことも必要なのではないでしょうか。

信頼関係があるかないか

MasterTuxによるPixabayからの画像

正解らしき道よりも・・・

ところで、後継者・跡継ぎとして自分の正解を求め始めると、その正解が信念となり、その正解を周囲に納得させることで人が動き出すかのような思いを持ち始めることがあります。社内で、自分が考えた会社の未来(相当に練りこんでるに違いない)を発表すれば、みんながワクワクして自分と同じようにやる気を出してくれるに違いない、と思い始めたりします。しかし、実際はそれほど単純ではないようです。人はなにかのプランに乗るというより、どうもその人との信頼関係の中で物事を判断する習性があるようです。いくら正しいであろうことを言っていても、その人を信用できなければその人にはついていかない。

そしてもう一つ言えるのは、何かで仕入れたにわか知識は、どうも説得力が足りないようです。何が違うのかは私もよくわかりませんが、単なる知識をペラペラしゃべっても響かないのですが、本人が腹落ちしている話だと人を動かす力を持っているように思うのです。となると、経験に裏打ちされた先代の言葉は、未来に向けて使える内容かどうかは別としてそこそこ説得力があるのです。しかし私たち後継者・跡継ぎにおける道はどちらかというと「仮説」に近いものがあります。なぜならば、未だ見ない未来のことを語るからです。経験がないから言葉に重みがないとなると八方塞がりに見えますが、それを補うのがおそらく情熱なのではないかと思います。自分が目指す未来像への熱い思いです。

私はそういった精神論的な話はあまり好きではないのですが、現実的に思いの温度というのは思いのほか強力なように思います。それが正しいかどうかはわかりませんが後継者・跡継ぎがその道に対する情熱をどれだけ持っているかが会社全体を動かすかどうかに影響を及ぼすような気がします。

情熱をどこに燃やすか

そう考えたときに、燃えたぎったほのおのような思いを後継者・跡継ぎはどこに放出するかがとても大事になります。残念ながらそれを先代や社員との対決というベクトルにつかいがちです。目指す目的地はここ、という未来像をある程度設定したら、細かなやり方にこだわるというよりかは、そのゴールへたどり着くことに対する情熱を燃やしたいところです。そのゴールへどんな道を歩むかはみんなに聞けばいい。私たちは、どの道を歩むかという次元で親子喧嘩をしていたりはしないでしょうか。そこは譲っても、結果としてのゴールを見定めれば、いろんな道は考えられるはずです。その「通る道」をこだわるあまりにすすめなくなっているとしたら、いっそのこと通る道はある程度相手に譲りながらも、最終目的地に進む方法を考えてみてもよさそうなものです。

臨機応変。

後継者・跡継ぎにとってはとても大事な言葉だと思います。
そして、臨機応変な対応というのは、「自分ならできる」という自分への信頼がなければなかなかできないものです。ならば、自分を信じてみてはいかがでしょうか。その先にこそ、後継者・跡継ぎにとっての明るい未来があるような気がするのですがいかがでしょうか。

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