失敗を経験するということ 後継者の「経験値」のストック

私は失敗するのが嫌いです。
なにより、その姿を人に見られるのが嫌いです。
なぜなら、同情されたり、笑われたりするから。
だから失敗してはいけない。

つまり、できることしかやらないのです。
そのおかげで、ずいぶん損をしたような気がします。

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私の性格・・・?

器用か、器用に見せているのか

私はどちらかと言えば、周囲の人からは
「なんでもソツなくこなす人」
そうみられているようです。

何をやらせても、それなりにできる。

自分も、割と器用なほうじゃないかな、なんて思っていました。

 

しかししかし、とんでもない話です。
改めて考えてみたら、初めてやることを人よりうまくできたためしはありません。
このことを、40歳も半ばすぎて初めて気が付きました(笑)

それでも、そこそこ業務能力は高い、と信じてます。
が、その背景には、そう見せるための努力をしていたようです。
無意識に・・・。
でもって、それでもできそうにないことはやらない。
そうすることで、「器用な自分」を演じているわけです。

みじめな自分をさらさないために

冒頭に書いたとおり、人に同情されたくない、という感覚があります。
たとえば、道端で荷物をばさーっと落としたとしましょう。
書類が散らばって、これを集めなきゃならない。
普通の感覚なら、人がいて、手伝ってくれたらありがたいなんて思うのかもしれません。
けど、私は、違います。
誰もいなくて、誰も見ていなければ、ホッとします。
こんな姿、誰にも見せたくないし、誰かに助けてもらいたくないのです。
そんな姿をさらけ出すと、みじめになってしまう。

だからというわけではないですが、意外と陰で努力してたりします。
また、「失敗しないよう」細心の注意を払ったりもしてます。
けど、これって結構しんどいんですよね。
しかも、パフォーマンスは低くなりがち。
だって、できることしか表立ってはやらないんですから。
「できる人」に見せるために、自分のリソースを使ってるわけですから、けっこう無駄です(苦笑)

 

正直、こういう自分のメンタリティに気づいたのもごく最近。
気づいて感じたのは、ああけっこう損してるよな、と。

動き出せない原因

どういうことかというと、チャレンジしてないわけです。
失敗するかもしれないことに。
無様にならないように行動するから、できるかどうか怪しいことはやらない。
だから進歩しない。

それを感じたのは、会社をいけにえにしたときです(笑)
「もう失敗してもええやん!やっちゃえ」
みたいな感じでイベント開催を焚きつけた。
予想通り、想定していた成果は得られなかった。
ただですよ、そこで何かを学んだ実感はあるわけです。

会社をいけにえにしてわかったこと

あるイベントの趣旨

具体的な事例をあげてお話ししましょう。
先日、会社を上げて、あるイベントを立ち上げました。
その背景にはこんな思いがあります。
そのイベントを通じて、現在のお客様とのつながりを強め、将来的には新たなお客様との出会いを作る場にしよう、と。

もう少し言えば、私の家業は保険屋さん。
保険という商品で、新たなお客様を集めるのは難しい。
なにしろ、保険はいりたい!という人はほとんどいない。
皆さん、仕方なく、危険に備えるために契約する人がほとんどです。

だから、保険商品で集客をするのではなく、違った何かで集客し、まずは多くの方々とつながりましょう。
そういう文脈で、じゃあ経営者を集めたければゴルフかな、とゴルフコンペを企画したわけです。

しかし、残念ながらそのイベントの集客は決してうまくはいかなかった。
その時に、担当した社員がやったこと。
それは営業担当者一人一人に、もっとお客さんを誘え!、という強制でした。
それを見たとき、私はある判断をしました。

「そうやって、人海戦術で成功させようとしてる時点で失敗だ」と。

集めていては意味がない

何かを始めるとそれを成功させることが目的となります。
すると、こういうイベントを計画すれば、ちゃんと集客しなければならない、と感じがち。
そこで、営業力で何とかカバーして「成功」にしてしまうわけです。
当初の目的は、「お客さんが参加したい!」と熱望する企画をすれば、自発的にその輪が広がるはず、という仮説を実証することだったはず。
つまり、集まらないということは、お客さんのニーズとはずれているということ。
なのに、その本質的な問題を隠すかのように、力業で成功にしてしまう。
その結果、本当に必要なものが隠されてしまうのです。

お客さんが自発的に集まらないというところに存在する問題点が、見えなくなってしまうわけです。
だから、失敗したほうがいい。
それを身をもって体験するからこそ、次への道が見えるわけです。
つまり、成功したのではなく、失敗をなかったことにしただけです。

間違いに気づいた結果見えたこと

イベント開催に際して、無理やり人を集めていては、継続は難しい。
しかも、前述のような輪が広がるわけもない。
だからまずは、私たちの読みの間違いを認める。
そうしてはじめて、さまざまな原因が見えてきました。

・この話をしたとき、お客さんはこんなことを言っていた
・私たちが企画の「ウリ」と考えていた部分を、お客さんは喜んではいなかった
・この情報を伝達するリストが少ない
・この情報を伝達する方法がない

などなど、挙げればきりがありません。
失敗があり、それを認めたから、改善すべき本質的な問題が見えてきます。
しかし多くの場合、失敗すなわち悪、と決めつけてしまって、ずいぶんと損をしてきている。
そんな風に思った事件でした。

ありていな言い方をするならば・・・

「学習する」ということ

「失敗する」というとあまり印象が良くありません。
損な思い込みから、私は、「失敗しないように」生きてきたような気がします。
無様な姿をさらさないとか、器用に見せるとか、そんな感じです。
がんばって、がんばって、失敗しない人であり続けようと思ったわけです。

ただ実際のところ、会社の例でお話しした通り、この事例では失敗があったから一歩前に進めた。
これは別に、小ぎれいな道徳論を話しているわけではありません。
もちろん負け惜しみでもありません。
純粋に、経験値を積み上げられたと感じています。
それはそれで成長を実感する、結構な充実感があります

人も組織も、ある日突然ランクアップするようにはできていないような気がします。
エレベーターのように、一瞬で100階まで登れるようにはできてなくて、一段ずつ踏みしめながら登っていくようです。
100階に到達するまでに紆余曲折はある。
それを織り込み済みで考えたとき、確実に一つ、また一つとステップを進めていくことは重要です。
その中で、失敗こそが経験値を高める必須要素だとしたら、失敗の数は進歩の証。
そう思い始めたとき、少しずつ、前に進むことが苦にならなくなってきました。

失敗は、過ちではなく過程。
本気でそう思うようになってからは、社内でも自分でも、失敗するであろうことがわかっていてそこに踏み込むことさえあります。

人の心を打つのはどっち?

少し余談かもしれませんが、周囲の人はいったいどう見るでしょう?
それは、映画や小説といった物語を紐解くとわかります。
実際のところ、完全無欠なキャラはどんなストーリーでも敵なんですよね。
たとえば、弱小チーム(サッカーでも野球でもいい)が主人公。
完全無欠の強豪チームは敵です。
彼らにバカにされながらも追いつき、いずれ追い越す。

物語のスタートから常勝チームで、圧倒的な強さで勝ち続けるなんて話はあまり聞きません。
(例外として、スティーブン・セガールの映画はそのパターンですけど・・・汗)
たいていは、主人公がもがいてもがいて成長する。
そういうストーリーが人の心を打つわけです。

古くは、ロッキーも、マトリックスも、スターウォーズだってそう。
つまり、失敗ばかりでなにかが足りない人ほど、ヒーロー物語を語りやすいということ。

成功はゴールかもしれませんが、目的ではない。
経験値を高めることこそが、今私たちが集中すべきことではないでしょうか。

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