親子経営でけんかが絶えない場合の根本的な解決策

会社では、親を継ぐために息子や娘さんが会社に来ているという環境があって、けど、親子はケンカばかり。
そんなシチュエーション、結構あります。
というか、親子で会社に関わると、そうなるほうが多いんじゃないかと思います。

そういった状況に対して、当事者はもちろん、かなり精神的につらい日々を送っていると思います。また、それを近くで見ている人からすれば、何とかならんのか、と思うわけです。
見るに見かねて、周囲の人はこうアドバイスするかもしれません。
「一度、親子でしっかり話し合ったら?」
しかし、当事者はそんな気にはなれません。そこには二つの理由があります。
ひざを突き合わせての対話なんて、親子にとってはとてもストレスフルな感じがして、嫌なのです。そしてもう一つの理由は、どうせ話し合いをしても解決を見ないことは、感覚的にわかっているからです。「また、最期はケンカで終わる」「がっかりして終わる」ことがイメージできてしまうから嫌なんです。

じゃあ、どうすればいいのでしょうか。

 

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会社での親子喧嘩の原因は本当は経営とは関係がない!?

Lukas BieriによるPixabayからの画像

三度目の反抗期

人にはたいてい親に対して反抗する、反抗期というものがあるのはご存知かと思います。これは、親からの独立心を育むとても大事な成長の過程だと思います。本来的には、反抗期とともに独立し、一人で生きていく、というのがたぶん動物としての人間に備わったプログラムなんじゃないかと思います。しかし、反抗期がおこるのが10代前半から半ばですから、今の社会では一人で生きていくというわけにはいきません。しかも、親はそんな子供に相変わらず干渉しがちです。宿題はやったのか?早く寝なさい、学校へ行きなさい・・・などなど。

こういった子供への干渉は、少し強い表現をすると「子どもを信用していない」証になります。たぶん、動物としてのプログラムでは、反抗期が訪れれば一人で独立し、何か(たとえば勉強)をやるかやらないかはその子供の責任として任されていて、その結果も含めて自分で責任を取っていくべきである、という風にできているのではないでしょうか。しかし、多くの場合親はその時点でも、子どもの人生の責任を取ろうとしているのが今の時代です。

その後、一般の過程においては、一日の大半を勤め先で過ごすようになり、親からは見えない世界で子どもが生きていくことでだんだんと親による子供への干渉は薄くなってきます。親にとっては「いつまでも子供」ですから相変わらず干渉しようとしますが、それを鬱陶しく感じながらも子供はまあ年に1回会うか会わないかだから、と我慢しながら突きあっていたりします。

ところが、親の会社に勤め始めると、後継者は会社で親と毎日顔を合わせることになります。しかも、仕事場は自分より親の方が当然馴染んでいるわけです。そこでも親が親としての威厳を保ち、後継者は子どもとして扱われます。後継者も仕事を覚えるまでは、そういった親の庇護の下仕事をしますがある程度仕事を覚えると、自分なりにやってみたいことが出てきます。そこに来て親の干渉があるものですから、いつまでたっても独り立ちできない。そこで三回目の反抗期的に、親に対するイライラが募り始めます。

子どもはいつまでたっても子ども

では視点を、親である先代の視点に移してみましょう。経営者として会社に君臨してきた親は、会社では大将です。当然、自分の息子・娘に対しても大将ではあるのですが、それ以前に親です。つまりダブルの威厳をもって後継者に接します。もう一つ言えるのは、実の子供だから遠慮をしません。子どもが小さな間、「この子を叱るときに、この子がどうとらえるかを考えながら叱ろう」という親はたぶんあんまりいないと思います。ほとんど反射的に子供を叱るのが、一般的な親でしょう。その感覚を、子どもが親になっても、会社の中で常務になっても専務になっても副社長になっても、持ち続けるのが親である先代経営者です。だから例えば、社内で何かをガマンしなければいけないときに、そのしわ寄せを自分の息子・娘に担わせたりします。

一人の大人として後継者を扱わないことが多いので、後継者がやることに対していちいち干渉をしがちです。これは先ほど言った通り、後継者にとっては「自分を信用していない」というシグナルです。こうやって信頼関係というのが結べないまま、それでもバトンを渡す人と渡される人という関係の中でやっていかなければならない。もちろん、親が後継者を信頼していないわけではないことはよくわかっています。しかし、「干渉する」ということは、「放っておいてはいけない」という意志表示になってしまいます。親としてはそのつもりがなくても、子どもには「お前はまだまだだ」というシグナルを出していることになってしまいます。

じゃあどっちが悪いの?って話になるかもしれませんが、ここで答えを行ってしまうと、いつまでも干渉して負かしきれない親も悪いと思います。しかし、親の仕草を悪いほうへ解釈してストレスをため込んでいる後継者も悪いのです。

不条理な現実にどう対処していくか

Christine SchmidtによるPixabayからの画像

「認知」が全て

ここで考えてみたいのは、「現実」って何だろう?ということです。例えば先ほどの話で言えば、親は無意識に子供に干渉するわけです。そして後継者である子どもは、その親の干渉を受け取って「信用できない(劣っている)自分」をイメージしてしまうわけです。けどそれは、後継者の勝手な思い込みである可能性があるわけです。実は親はそれなりに後継者にたいして認めているものの、ついつい無意識で後継者に干渉してしまう。干渉したい、というのが正解かもしれません。ただそれだけなのに、後継者は勝手に自分はダメなんだと思い込んで、そのダメな自分と格闘し、何とか親に自分を認めさせたくて、親と違う方法で成果をあげようとしたくなる。こういう筋書き、けっこう多いと思います。

事実は、親が子供に干渉しているというだけなんですが、そのことにたいして後継者は自分独自の意味付けを見出しているわけです。

これは、親子の事業承継だけの話ではなくって、心理学的にはいろんな「バイアス」として知られている思い込みです。たとえば、人は500円を拾ったときの喜びと、500円を落としてしまったときの落胆を比べると、失う方が強く認識されると言います。おなじ500円という振れ幅にもかかわらず、失うことに対しては非常に強く心を持っていかれるのはなんとなく想像がつきませんか?

面白いもので、「虹が出た」という状況にいるとき、良いことが起きそうと思う人もいれば、不吉な予感と捉える人もいるそうです。目の前においしいものがあった時、手を伸ばして食べたいと思う人もいれば、ダイエット中の人にとってはそんなものを置いておく人に対して恨みさえ感じるかもしれません。ある足の不自由な人は、こうおっしゃっていました。「たぶん自分が健常者だったら、今ごろ碌な人生を歩んでいないと思う。事故で下半身を失ったから今、車いすレースで活躍して、全国を講演して回る活き活きとした人生がある」どうみても不幸な出来事と思える事故によるけがも、この人にとっては人生の重大な分岐点になったようです。最近でも、コロナの影響で会社を閉めてしまった方がいます。彼はさばさばしてこういいました。「起業した時、この仕事で何とかいい思いができればと思って始めたけど、実は仕事に愛情を持てなかった。今回会社を閉めざるを得なくなったことで、新しい人生をスタートする踏ん切りがついた」

出来事や、周囲の人たちの対応や仕草、そのほか様々な要素があって、私達はその物事に自分なりの意味付けを行っています。物事が悪い意味につながっているのはあくまで自分の思い込みであって、本当はその物事も捉え方ひとつ変えることですごく大きなきっかけになることもあるんじゃないかと思います。ここから、今目の前にある問題を「キッカケ」ととらえる考え方を採ってみましょう。

「壁」は変化のタイミング

たぶん、後継者の方は、今までとは違った人生における大きな壁を今感じているんじゃないでしょうか。大人になって壁を感じたとき、私達がとる行動は基本的には、闘争・逃走が一般的です。戦うか、逃げるか、です。現実に起こることに対して戦うというのは、強硬に現実を捻じ曲げようとする感覚で表現できるかもしれません。それは例えば、親や従業員といった人たちをコントロールしようという行動に出たりします。ルールを強化して彼らを強制するとか、罰則を作って彼らに強要するとか。見えない折に周囲の人間を押し込めてしまうことで、自分の自由を確保しようとすることが多いように思います。逆に逃走という意味では、会社を辞めたいとか言う感情に現れるんじゃないかと思います。

しかし、そういった「他人をコントロールする」っていうのは、どこまで行ってもうまくいかないものです。なぜそう言えるかというと、どんなに規律や内部管理体制を強化しても、大企業でも何かしら不祥事を起こしています。もう少し大きな話をすれば、軍事政権で人民を押さえつけても、それが永遠に続くことはありません。つまり、人を外から思い通りに動かすなんて不可能だということを歴史が証明しています。それを社内でやるわけです。自分の膨大なエネルギーを会社を良くするためではなく、人をコントロールするために使っていて、会社が良くなるはずもありませんし、後継者のメンタルだって救われるとは思えません。

一方、辞めるという選択は一見理にかなっているように見えるのですが、今後継者がつらいとか、苦しいとか思っていることは、自分が現実を見る物の見方の問題が大きいわけです。そういったちょっと自分にとって、物事を変に写し取るフィルターで世界を見ている以上、親元を離れても似たような世界の見方をする可能性が高いと思います。そうすると、問題はいつまでたっても消えない、ということになってしまいます。

人生において何かしらの問題を抱えたとき必要なのは、自分が変わるということが求められているのだと思います。とくに、どんなレンズで現実を見るか?ということに関してはひときわ重要な問題だと思います。

まずは自分がどんなレンズで現実を見ているかを知る

もし、「自分のレンズの問題なら、それを変えてみたい」と思った人がまずはじめにすることは、自分がどんなレンズで世の中を見ているかを知ることです。物の見方のみならず、実は私たちの行動の9割は反射的に繰り出されています。例えば私の場合、お金に関する変な思い込みがあるようです。そこで、会社の中で親がお金の話を持ち出した瞬間、おなかの中にもやもやとした熱い何かを感じるような感覚があります。それを自分なりに追求していくと、「稼げない自分」みたいな思い込みがあって、その思い込みと親が会社のお金に関することを話しているというシチュエーションが重なって、「親は自分が稼げないことに対する苦言を呈している」かのような感覚に陥っているようなのです。こういう風に言語化するにはずいぶんの時間が必要でしたが、こんなレンズというか思考のプログラムが自分にあったことに気付いたのはつい最近です。今までは、
1.親がお金の話をする
2.自分が責められている
という2ステップで自分の弱さに恥ずかしさとか、苦しさとか、憤りの感情がおなかの中に広がっていっていました。しかしそれをよく観察することで
1.親がお金の話をする
2.それを聞いている自分は、自分の責任だと感じる
3.責任の理由は稼ぐ能力が発揮できていない自分にある
4.自分はビジネスマンとして能力がない
5.親に心配ばかりかけている(親に認められない)
6.親はそんな私にガッカリしている
7.親に責められている
といった細分化が出来たりするようになります。これだけのステップを普段は一足飛びに2ステップで結論を出すなんて・・・と思うかもしれませんが人の脳は徹底的にパターン化を進めることで負荷を減らしているのです。

ここまでわかると、一つ一つの検証が可能となります。
そうすると、親がお金の話を自分のそばでしていたのはたまたまかもしれませんし、それを自分の責任と感じる必要はないかもしれません。自分に本当に能力があるのかないのか、というとあるかもしれないし、あるけど、発揮できるシチュエーションがそろっていないだけかもしれません。であれば、発揮できるシチュエーションってどういう場所だろう?と考えることも可能です。いずれにせよ、感情ばかりがわなわなしても何一つ改善しませんが、自分のパターンを知れば、自分のプロデュースが可能になります。そのためにも、まずは簡略化した自分の反応が本来はどんな回路を辿っているかを検証してみる必要があります。

自分の思考・行動パターンを知る方法

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止まる

自分の思考・行動パターンは放っておけば、どんどんいつもの自動回路が働いて物事を進めます。自分でも意識しない間に、です。だからまずは、意識する必要があります。そのためにはいったん止まるということがとても大事になります。たとえば、親に何かを言われてすごく腹が立ったとします。いつもなら不機嫌な顔をしてその場を立ち去るかもしれません。であればそれでいいのですが、一旦一人になって冷静になり、少し振り返ってみます。親が何を行ったから腹が立ったのでしょうか?いくつかの内容のことを行ったのかもしれませんが、その場合そのうちのどの話に腹が立ったのでしょうか。そしてその話でなぜ腹が立ったのでしょうか?こうやって考えて行くと、自分でもなぜあれだけ腹が立ったかわからなくなることがあるんじゃないかと思います。とすると、その中にいくつかのステップが含まれているはずなのです。私が「親がお金の話をした」だけでイライラする中に7つもの思考ステップが省略されていたように、皆さんの思考の中に複雑なプログラムがありつつ、それをショートカットして答えだけを見せられているのです。それをいったん立ち止まって考えてみる。はじめのうちはわからないことだらけですが、そういった癖をつけていくことで、だんだんと自分の思考・行動パターンが見えるようになってきます。

判断しない

さらに意識したいのは、起こる物ごとや向けられた子土馬の判断をやめてみるということです。「今日はいい天気だな」というのはすでに判断です。「今日は晴れているな」が事実。私のシチュエーションで言えば、「親がお金の話をしてるな」が現実です。これも先ほどの停まるとほぼ同じ意味ですが、思考パターンが発動するキッカケ(親がお金の話をしている)からいきなり反応(親に責められている)に行かないために、「お金の話をしているな」という事実と感情を分ける訓練です。時に後継者にありがちなのは、「親は自分に協力的ではない」という判断を下しがちですが、それは「自分が考えている事と違う行動をしている」という場合がけっこうあります。じゃあ、その「自分が考えている事」ってなんですか、それは親に伝えたのか、というと伝えていないけど判るべきだ、なんて話になることもあります。

いずれにせよ、いきなり判断しない。これ結構難しいのですが、意識するだけで随分と今まで見えなかったものが見えます。

結局は相手は変えられない

ここまで読んでくださった方の中には、少し不満を感じておられるかもしれません。「なぜ、親を自由自在に操る方法とかを教えてくれないのか」と。それは、親を自由自在に操ることはたいして意味のないことだからです。自分が感じる「壁」があるわけです。今までのやり方ではうまくいかない、自分が経験し蓄積したやり方ではうまくいかない。それが人生における「壁」の正体です。ということは、今の現実社会の中でより良い人生を送るためには、そういった自分自身のバージョンアップが必要なわけです。周囲を変えて何とかしのごうというのはいわば、Windows7で人生を乗り切ろうということに似ています。今は周囲の環境設定を変えることでしのげるかもしれませんが、もはやサポートは終了している時代遅れのOSです。しかし、時間と手間はかかるけど、今最新のWindows10にアップデートしておけばもう少しはそのOSが使えるわけです。そしてそれはきっと快適なはずです。

問題は相手にあるのではなく、自分にあります。そのことに気付くだけで、かなり楽に生きられるようになるはずです。それでもアイツが悪い、と考え続けますか?

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