後継者は青臭いぐらいがちょうどいい?

今、ビジネスの世界では、「ウソがつけなくなった」といわれています。
表向きは、お客様のためなんていう事を言っていても、裏では儲かる商品ばかりをお客様に勧めるよう指導していたり、
ボランティア活動で「良い企業」を演出している裏では、とんでもない不正があったり。
一昔前なら隠しきれた問題も、今の時代にはそういった隠しごとは難しくなってきています。
表の顔と、裏の顔のギャップが大きければ大きいほど、そのウソは暴かれやすくなっているようにも感じられます。
そんな時代だからこそ、後継者の役割は重要になってきます。

 

こんにちは。
田村薫です。

 

少しうがった見方かもしれませんが、数十年前に会社を興した創業社長というのは多くの場合本音と建て前を上手に使い分ける人が多いと感じています。
予想以上に反響をいただいた「営業社員の扱いにおける先代と後継者の大きな隔たり」という記事が一つの象徴ではないでしょうか。
この記事では、目の前の現実としての営業数字にこだわるあまり、自動車事故を多発する社員の処遇について、先代と後継者が対立したエピソードでした。

よく、「理想と現実は違う」というセリフを耳にします。
恐らく、今の40歳代前後の方は、子供のころからそういう言葉を繰り返し聞かされてきたのではないかと思います。
その親世代である、現在60歳代~70歳代の方の生きた社会は、まさに理想を追う前にまずは現実を何とかしなければならない時代だったと思います。
ふわふわした夢を描いても、意味はない。
まずは、自分の生活を安定させるのが先決だ、と。

目の前の現実を切り抜けるために、理想を心の奥にしまい込んでひとまず前に進んできたのが創業者世代の現実でしょう。

 

そういった人たちの活躍で、日本は経済発展を遂げてきたことは疑う余地はありません。
その時代を一言で表すとすれば「競争」の時代ではないかと思います。
世界と、そして他社との競争。

その残り香が組織として残っていて、それが近年様々な形で噴出する企業の不祥事につながっているといえば言いすぎでしょうか。

 

私個人として、それを痛烈に実感した事件が、10年ほど前にありました。
それは新聞にも報道されたので、ご記憶にある方もいらっしゃるかもしれません。

私が、家業である保険の仕事を引き継ぐために学んでいた際、実務と教科書の内容が一部違っていたことがずっと気にかかっていました。
皆さんもおなじみの「火災保険」というものは、実は、当時はけっこうデリケートな保険でした。
その保険料(掛け金)の計算は複雑で、しかも毎年内容を見直すことが前提とされていた商品だったのです。
しかし、実際に行われていることは、一度契約してしまうと見直しをされることも少ない。
さらにその誤りがあったとしても、チェック機構は脆弱でした。
そもそも、教科書ではかなり複雑に見える家屋の調査が、実務上はかなり簡素化されていました。

その疑問をある先輩にぶつけてみると、返ってきた言葉はこういったものでした。

「現実は教科書通りに行くものではない。」

お前、なにを言ってるんだ?という軽蔑のまなざしを向けられたように感じたのを覚えています。
言外に、減収するようなことを、手間をかけてやる事に意味はない、と言わんばかりでした。

 

その違和感は、いつまでたっても消えなかったある日、新聞に大きく取り上げられた記事がありました。
それは、「保険料取り過ぎ問題」として保険業界を激震させるものでした。
本来、建物は毎年価値が下がるため、火災保険の金額もそれに応じて下げる必要があったのにもかかわらず、それを怠っていた。
業界全体で150万件を超える契約で誤りがあり、370億円を超える保険料をお客様から頂きすぎていたという事件です。

本来、実務と商品にかい離があるなら、正すべきことろを、それを正すことができていなかった。
それがマスコミの作る世論によって一気に適正化、つまり理想と現実のつじつま合わせが行われたのは少し皮肉にも見えます。

こういった事件は、私がいた保険業界だけではなく、賞味期限の表示や産地の表示問題が露呈した流通の世界や、自動車業界による排ガスデータ不正、あり得ない社員の過酷な勤務実態が露呈した人気企業など、多くの業種で暴かれている事実があります。
これらの多くは、実は社内ではいかにも「悪事を働いている」という感覚ではなく、「業界としての慣習」というくらい軽い認識ではないかと思うのです。
外から見たときには企業ぐるみの悪事と見えるものの、それが恒常化してしまうと、悪事に手を染めたような感覚が当事者にはないのです。

 

その多くは、経済成長期に作られた仕組みに起因するものではないかと私は考えています。
理想より現実、誠実より効率。
理想を追い求めて他社と違う方向に行くより、他社と同じ土俵で競い合うという選択肢を選ぶほうが失敗は少なくなります。
しかし、その場合、他社との競争があるので、どんどん効率を上げなければ生き残ってはいけません。
こういった価値観の中で出来上がった社会の仕組みが、悲鳴を上げ始めているのが現在だと思います。

これまでは、それが「事件化」しなければ正すことができないのが悲しい現実でした。
若い世代の人が、問題提起をしても出来上がった仕組みを変更することは非常に難しかったのです。

 

しかし、近年のお客様はそういった企業の姿勢に敏感になってきているように思います。
そもそも、理想を掲げることができない企業に生きる道はない、とさえ言い切る人もいるようです。
経済成長期型企業は、もはや顧客から振り向かれなくなってきました。
新聞にすっぱ抜かれなくても、敏感なお客様はきれいに化粧をしたホームページの隙間からにじみ出る、企業の裏の顔を感覚的に受け取り、敬遠するようになってきています。

そういった事から考えると、後継者の重要な役割として理想論を語れる、という事があるように思います。
先代が一笑に付すようなことを語ってこそ、次世代の企業のリーダーを担う人材といえるのではないでしょうか。
そこには衝突が発生することもあるかもしれません。
せっかくなら、その衝突を乗り越えて実現する価値のある理想論を掲げたいものです。

私は、後継者は青臭いぐらいがちょうどいいと思っています。

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