親の会社に入社して10年を超えた後継者を襲う焦燥感~後継者の継ぐ覚悟以上に大事な先代の手放す覚悟

親の会社を継ぐために、親の会社に入社して10年を過ぎたあたりから、だんだんと焦りが出てくる後継者は多いのではないでしょうか。
たとえば、他の仕事を経験して親の会社に入社したのが30歳前だったとします。10年もたてば年齢は40歳前後。となると、それなりに大きなプロジェクトを立ち上げ、育てると考えると気力・体力ともにこの10年くらいがピークとなるでしょう。
しかし、一向に会社のことは任せてえもらえず、思うような動きができていない方も多いのではないでしょうか。先代である親はまだまだ元気で第一線にいます。口では、65歳になったら譲ると言っていたのが、その引退年齢はたいてい伸びます。70歳を過ぎたあたりからは「生涯現役」を言い出すでしょう。
割と大変な思いをしながら会社を継ごうと頑張ってきたけど、自分の時代は永遠にやってこないのか、とあきらめムードになるとか、焦りが出てくるとか。そんなタイミングではないでしょうか。

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後継者である自分の時代はいつやってくるのか?

「手放す」ということを誰も教えてはくれない

創業社長が会社を創業するとき、それがうまくいかなければ自分の人生はそこで終わるという恐怖が付きまといます。だから、それだけは避けたい、と創業社長は必死で働きます。しかし、一方で、その立場から離れるということに関して言えば、創業社長にとって会社を手放すメリットはあまり多くはありません。口では、「体力的にそろそろキツイ」なんて言う風に言いだしても、完全に仕事を手放してしまうということはとてもではありませんができません。仕事を手放すということは、その報酬も手放し、社会的地位も手放し、さらにはどう扱っていいかわからない「自由な時間」が目の前に迫ってくるからです。ある心理実験では、何もすることのない刺激のない暇な時間と、チクチク痛みという刺激を与えられる時間、どっちを選ぶかと聞かれた時、人は「何の刺激もないより、痛いほうがマシ」という風に考える傾向があるということが実証されたくらい、人間にとって暇な時間はきついのです。

そんな恐怖と戦いながら先代が自分の立場を手放すモチベーションはどこにあるのでしょう。基本的には、「しょうがないから」という理由ぐらいしか見当たりません。

世間では、後継者の「継ぐ覚悟」が大事と言われることは多いのですが、先代が会社や地位を「手放す覚悟」を説く人はあまりいません。だから、先代がそのことを自覚していないケースが非常に多いと思われます。

親の覚悟が決まらないと後継者への攻撃にかわることも

事業承継というのは、先代が元気なうちはいつまでも引き延ばしは可能です。そして先代がいつ倒れるかは誰もわかりません。だから、特別なきっかけがない限りはずるずると代替わりは引き伸ばされます。何しろ締め切りのないことです。これをコンサルタントは「しっかり計画を!」というわけです。もちろん先代が本心からその計画にコミットしていれば別でしょうが、割とよくある話は最後の最期でその計画を反故にするちゃぶ台返しが行われることがあります。後継者は、まじめな方が多いのでその計画通りいろいろと準備しようと頑張るわけですが、土壇場になってちゃぶ台返しが起こされ、ちょっと緊張の糸が切れてしまいます。ちゃぶ台返しという荒業が出るとき、先代は何かしらそのちゃぶ台返しの正当性を担保する理由が必要になります。この時大抵起こりがちなのが、「後継者が頼りないから」という理由付けです。この事で、後継者の自尊心をへし折り、後継者はそんな葛藤からこの会社に居る自分の存在意義を見失ったりするわけです。親の期待に報いたいと思っているのに、親からとどめを刺されるのですから無理からぬ話です。

これは後継者の成長の機会

二重三重の問題にまみれて

後継者にしてみれば、親の期待に添いたくて会社を継ごうと頑張ってきて、力及ばずとも一生懸命やっていこうというシーンでの親からのとどめの言葉。これはやってられないな、と思うこともあると思います。実はそこに来るまでに恐らく、いろんないざこざは経験してきたはずです。後継者としては未来を見据えて、なんとか会社の中を改善していきたいと考えます。しかし、先代からするとその主張は理解の範疇にないものであったりすることも多く、人は理解できないことをやろうとはしません。その結果、社内改革をやらなきゃいけないと思う後継者と、やる意味が分からない先代との衝突は度々あったはずです。すると後継者はいちいちそういった反対を受けず、自分の考えをそのまま実行できればもっとうまくいくはずだし、なにしろ自分が「バカ息子・バカ娘」と言われることを避けられると思うわけです。先代にしてみれば、自分の望んだことではなく違うことをあれこれ動き回る後継者のことが時に鬱陶しく感じることもあるかもしれません。

双方の心境を見ていくときりがないのでここからは後継者の視点でお話しします。後継者にとっては先代の行動や自分に対する圧力は理不尽でしかありえません。そのとき後継者はその理不尽のもと、自分にとって物事を有利に運ばなくくては、と焦り始めます。自分の年齢のこと、先代の引退の意向が見えないこと、そして相変わらず会社が自分の自由にならないことなどで、かなり焦りが出てくるのがこの時期ではないでしょうか。

親である先代を追い出す?

この時期に、親である先代を追い出したいとか、もはや自分が会社から抜けたいとか、そんな考えが頭をよぎることもあるかもしれません。しかし恐らく、そういった思いを本気で考える人であれば、すでにやっているでしょう。少し厳しい言い方をすれば、辞めたり、親を追い出したりするにさいして、何かしら自分を制止するものがそこにはあるはずです。会社を辞めて自分は生活できるだろうかとか、親がいなくなったらそれはそれで不都合を感じるだろうとか、そんな不安があるからやっていないというケースがけっこうあるのではないでしょうか。もちろん親への気遣いもあるかとは思いますが、自分の自信のなさもないとは言えないと思います。

そのような極端な選択が頭の中に浮かんでは消え、浮かんでは消えるとするならば、いっそのことどっしりと今の環境と向き合うというのも一つの選択肢ではないかと思います。最近思うのですが、程度の差があるとか、親子かそうでないかの違いはあれど、世の中から理不尽はなくならないと思います。サラリーマンであればとんでもない上司もいれば、頭の固い会社でやりたいことができない職場もあるでしょう。もっと言うなら、サッカー選手を目指していた少年が足が不自由になるとか、ピアニストの指が動かなるとかいう理不尽はたくさん世の中にあります。私たちの目の前にある現実もまたそんな理不尽の一つで、自分の思いどおりにならない親の会社があるというだけで、それは自分にとっての「環境の一つ」と考えてみると、ずいぶんと視野が広がるのではないかと思います。

逆に言えば、他の人が経験できない環境の中で、自分は何を学べるのか?ということにフォーカスしてみてはいかがでしょうか。

事業承継は目的ではなく手段

これは私の私見ですが、事業承継というのはそれその物が私たちにとっての目的ではない、と思っています。事業承継を上手くやる事が大事なのではなくて、私たちはそれぞれが幸せに生きるという目的をもって生まれてきて、その幸せをつかむための手段じゃないかと思っています。もしかしたら今の理不尽を乗り越えて、何かを成し遂げることが私たちの幸せにつながるのかもしれませんし、親から譲り受けた会社を使って何かしら自分が夢中になれる何かをやり始めることになるのかもしれません。人生はなかなかネタバレしませんから、最後の最後まで何があるかはわかりませんが、事業承継というイベントを人生の中でどう位置付けるかは自分で考えられることだと思うのです。会社のことは自由にならないこともあるかもしれませんが、自由にならないことを自分の人生の中でどう意味付けするかは、自分だけができることなのです。

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