後継者は他人の反応への期待を手放そう

親の会社を継ごうという後継者・跡継ぎの方はメンタル的にきつい状態を経験される方が多いと思います。
会社の中でなんだかやる気がおこらない、会社に居るのが嫌だ、親の会社を辞めたい。
そう考える後継者・跡継ぎの方には、一つチェックしてもらいたいことがあります。
それは、「誰かに思い通りの反応を期待していないか?」ということです。
その代表的なものの一つが、「先代に認めてもらいたい」というもの。

求めているけど手に入らない。
だから苦しいのではないでしょうか。

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後継者がうける期待、後継者が求める期待

後継者・跡継ぎが周囲に求める反応

頼まれて講演をすることがあります。そんな時に参加者一人一人を顔を見て、つまらなそうにしていると演者としてはちょっとやりにくい。ジョークを飛ばしたら、しれーっとされるのではなく、やっぱり笑ってもらいたい。そんな思いを持つ気持ち、たぶんわかっていただけると思います。
私に限らず、何かをすれば、それに対してきっとこんな反応があるだろうと想像し、期待します。
セールスをする場合だと、こんな提案をしたらお客様は身を乗り出してくるかもしれない、なんて思いながら話をすると意外とお客様はクール。そんなときの妙なバツの悪さを感じたりもします。
夫婦や親子間でも、こんなことをしてあげたら妻は、夫は、子どもは、きっと喜んでくれるに違いないと思うわけですが、実際にそうでもない反応が来るとちょっと機嫌を損ねてしまいそうになります。

私たちは、何かをするとき、相手がいれば相手の反応を想像します。そして、相手が自分の思ったような反応をしなければ、たぶん次の二つの行動のどちらかを選ぶのではないでしょうか。

①自分のやり方ややった事が間違っていたのではないかと自分を責める
②自分の行為に対する反応が間違っている、十分じゃない、ということで相手の人格を否定する

いずれの場合においても、自分、あるいは相手を悪者にしてしまうことが多いように思います。
そもそも、自分が勝手に期待した相手の反応が受け取れないだけなのに、誰かが悪者になるのです。
なんと、わがままな話なのでしょう。

後継者・跡継ぎが親に対してイライラする理由

もう少し親子経営に特化した話をしていきましょう。後継者・跡継ぎが親との確執を持つことがしばしばあります。その理由は非常に多岐にわたるのですが、そのうちの一つが後継者・跡継ぎが親に期待する行動をとってくれない、ということがあるのではないでしょうか。
たとえば、社員が自分ではなく親である先代に仕事のことで相談しに行くとします。後継者・跡継ぎとしては、それはこれからの会社の経営を担う自分のところに相談に行け、と社員を誘うべきだと思うかもしれません。なのに、自分で勝手に社員の相談に乗って、後継者・跡継ぎである自分の考えと違うことを伝える。これはけっこう腹立たしい話かもしれません。私の体験をお話しすると、同業他社が集う場で私を差し置いてあいさつとして公の場で「わが社の経営戦略はかくかくしかじかで・・・」などと勝手なことを話し出したときには、怒りは沸点に達しました。今の会社の戦略を考えてるのは、あなたじゃなくて、私でしょ?と。

当時の自分の心のなかを分析すると、恐らくこんな感じだったんじゃないかと思います。
親の意向に合わせて会社を継ごうと頑張っている自分がいて、息子に会社を継がせようとしている先代である親がいる。この関係性の中で、親はちゃんと息子を立てるべきだろう、息子が周囲から信頼を受けるべく振る舞って当然だろう、そんな期待があったように思います。しかし、その期待は裏切られた。

普通代がわりして、会社を子どもに譲ったというなら、内外のリーダーシップを息子がとりやすいよう振る舞うのは当然だろ。公的な場であいさつを頼まれたら、自分はもう引退した身だから息子に言ってくれ、と促すのが当たり前だろ。そんな風に私は思っていました。

後から考えると、自分が勝手に期待した相手の反応が受け取れないだけなのに、親を悪者にしていました。

他人への期待はファンタジー

無言の期待が人を苦しめている

よくよく考えてみたら、私が親の会社を継ごうと考え始めたのは、たぶん親の期待を忖度したからじゃないかと思います。私の場合は親から会社を継いでほしいと直接的には言われた記憶がありません。ただなんとなく、継いでほしそうだったから、その期待にこたえたいと思って会社を継ぎました。実際のところ親は継いでほしいと思っていたかどうかはわかりませんが、私は勝手に親が期待していると思って、勝手にその期待に応えようとした結果、現在があります。

そして私は、そんな自分のGIVEにたいするTAKEとして、親に認めてもらえる、喜んでもらえる、という勝手な期待というか、幻想を持っていたように思います。
けど実際は、親はそんな私の想いを知ってか知らずか、自分を認める気配もなければ、喜んでいるかどうかもよくわからない。そもそも、会社を子どもに継がせるというゴールを設定しているなら、後継者・跡継ぎとして子供が会社を切り盛りしやすくなるよう配慮するのは同然じゃないか、という期待があるわけですが、どうも親にはそのようなそぶりは見受けられなかったりします。

これは一つは、スムーズな事業承継をほんとは望んでいないかもしれない、という印象を与えます。もう一つ考えられるのは、親は親なりにスムーズな事業承継のための行動をとっているつもりだけど、それが後継者・跡継ぎである私たちの求めるそれではない、ということなのかもしれません。

そんなボタンの掛け違いがあって、親子の経営というのは相当にややこしくなっていくのかもしれません。

事の発端は勝手な期待

これらのボタンの掛け違いをたどっていくと、その起点に「相手への期待」がある事がよくわかります。自分以外の誰かにこうあってほしい、こうあるべき、という思い込みを相手に押し付けて、相手がその通りに動かなければ気分を害してしまう。こうやって考えてみると、なんとも不毛な話ですね。

これをもう少し進めて考えると、これは「コントロール欲求」と言えるかもしれません。自分の思い通りに人を動かしたいという思い。これが強ければ強いほど、欲求と現実のズレをたくさん経験し、だんだんとしんどくなってくるわけです。自分では気づきにくいのですが、メンタル的に追い詰められた後継者・跡継ぎの方はこのアリ地獄のようなパターンにはまり込んでいる方はけっこう多いです。心を病んだある後継者の方が、「未来がどうなればいいですか?」という問いに、「周囲の人が自分の思い通りに動くようになればそれでいい」と答えたとき、その思いを強くしました。

他人を操り人形のように操りたいというのは、なんとなくわかりますが、冷静に考えてみれば現実的でないこともわかると思います。しかし、そういった深みにはまってしまうと、現実的ではないファンタジーを心の中に描いて、そこに集中してしまうことも多いのです。

他人への期待を手放す

Alex HuによるPixabayからの画像

「まあ、ええやん」

父も社員も取ってくれないとき、私がどうしたかをお話しします。
私も、周囲が自分の思い通りに動くことを期待し、そのことに裏切られ続け、心身ともに疲れ切っていた時期がありました。
その時にどうしたかというと、自分で自分を説得したんです。
父が自分の考えと違うことを公の場で語ったところで、別に目くじら立てなくてもええやん。自分は自分。自分の想いをちゃんと社内で実現すればいい、と思いました。
周囲の人から、「会長(父)の言ってることと違うやん」と指摘されたら、「ああ、父は勝手にそう言ってるかもしれませんが、代表取締役の私はこう考えてるんですよ」と言えばいいと思いました。それを周囲からどう思われても気にする必要なんてない、と心がざわざわするたびに自分を説得してみました。

社員が私ではなく、会長である父に仕事の相談をするのを見て、かつては歯ぎしりしてましたが、「まあ、大きな問題がない範囲ならそれでもええやん。自分は楽できるし。大きな問題が出そうなときは口を挟もう」なんて言う風に考えるようになりました。

すごーくこぎれいな言葉を使うなら、自分の考えと違う動きも、考え方も、赦そうと思ったんです。
まあ社長ですからその最終責任は取る必要があるのでしょうが、そんな事を含めて現場で考えて、現場で責任もってやってちょうだい、と。無理にリーダーぶる必要はないかな、なんて思うように自分を仕向けました。

そうなると、前に出たがる父はとても頼もしい存在に見えてきます。楽させてもらうために、もっと頑張ってやーなんてエールを心の奥底から送っているのはここだけのお話です。

川の流れのように・・・

それまでは、なんだかムリヤリに「自分の頭の中で作った幻想」に合わせて現実を動かそうとしてきました。すべてをコントロール下に置かないと気が済まない時期があり、その時期がまさに精神的にきつい時期でした。けど、コントロールをやめよう、それぞれの自主性や、それぞれが考えた行動を尊重しよう、という思いに至り始めると精神的にはけっこう楽になってきました。人が動く方向っていうのはたぶん、抵抗が少ない動きだと思います。あえてそこをダムのようにせき止めるのではなく、流れるものは流れるに任せ、時に少しだけ軌道修正していく。そんな感覚で周囲を見ていると、ずいぶんといろんなことが楽になりました。

その入り口が、他人への期待を手放したことだったわけです。
期待を手放すということは、他人や組織へのコントロールを手放すことです。
その結果、彼らのアイデンテティを活かすことにつながります。
コントロールを手放すというのはけっこう勇気のいることかもしれませんが、やってみると案外悪くないと思いますよ。

 

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