今の後継者にとって正しい事は10年後の後継者にとって正しいと言えるのか?

親子の確執は、親子経営、親子での事業承継の中で、結構大きく取り上げられる問題です。
じゃあ、それはどうすれば解決するのか、というとこれはけっこう根の深い話で、表面的な話し合いではほとんどの場合は解決不可能です。
どちらか、あるいは双方が、相手を受け入れることが必要不可欠です。
そのために必要なことというのは、お互いの「頑固な思い込み」を緩めていくというのが一つの方法でしょう。

では具体的にはどうすればよいのでしょうか。

 

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親(先代)が正しいのか?子(後継者)が正しいのか?

Mari AnaによるPixabayからの画像

もっともらしい回答

親子経営で起こる親子の確執。これは本質的には、どちらが正しいかという論争がベースにあるのではないかと思います。例えば、会社の未来を考えたとき、会社に変革を興すとか起こさないとか。後継者は会社を変えるべきだと主張し、先代はそんなこと必要ないという。これはどちらが正しいのでしょうか。スジから言えば、それぞれの解釈があると思います。これまで会社を作ってきた先代の経験と実績に裏打ちされた主張は大事にすべき、というのが一つ目。一方で、会社の未来の責任を負うのは後継者なので、後継者の考えを優先すべき、というのもそれなりに正しそうです。

じゃあ、本当はどちらが正しいのでしょうか。

私に言わせれば、ある意味においてどちらも正しいし、どちらも間違っていると思います。
まず、親子双方の言い分についてですが、これは双方の言い分において納得ができます。彼らの言い分から正誤を導き出すのは不可能です。
そもそも、経営において絶対的な正誤はありません。むしろ「おかしい」と思われることが大化けすることもあるのがビジネスの世界。法律や根本的な道徳に反しない限りは、そもそもビジネスに間違いなどありません。もっと簡単な言葉で言えば、「やってみなけりゃわからない」ということです。

つまりやらずして判断はできないわけで、ということはつまりどちらかを選択すれば、どちらかは却下されるわけで、永遠にどちらが正しいかの検証は不可能と言えるのではないかと思います。

正誤論争が始まるとお互い引けない理由

このように親子で意見の対立が始まると、おいそれと自分の意見を取り下げるのは難しくなります。じつは、争って争ってしてると、だんだんとどうでもよくなる気持ちもある半面、相手の主張を受け入れる事だけはしたくないと思うようになります。つまり、お互いの主張、お互いがもっているプラカードはどうでもよくって、次第に感じるのは相手に屈したくない、という気持ちになってくることはないでしょうか。

この時点に至ると、もはや主張の中身はどうでもよくって、メンツの問題になったりしがちです。どっちでもいいけど負けたくはない、という状態ですね。

ただこの境地に至る前にもう一つの関門があって、その状態では「自分の正しさ」への盲信があります。自分の持っている考えが何よりも正しくて、一歩たりとも譲歩はできないというくらい強い信念に凝り固まってしまうことがあります。こういう状態では、自分の意見以外のすべてが間違いである、という風に本人には見えているので、議論の余地がないのです。第三者的視点で見るとかなり視野が狭くなっている印象を受けますが、本人はそのことに気付けないため、周囲が何を言っても聞かない状態になっていたりします。

自分の正しさに疑問を持つ

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信念の強さは柔軟性の低さ

一般的な社会では「信念が強い」ということは称賛されることが多いように思います。私の知り合いでも、信念が強く、テコでも動かない人が何人かいます。これは信念の強さと相まって、その人の強さという印象を持ちがちですが、一方で脆さも持っています。そういう人は、とらえようによっては、「ただのガンコオヤジ」にしか見えないこともあります。融通の利かない石頭と言われるのがこのタイプです。柔軟性がゼロなんですね。それはこの変化の激しい社会においては、時代に取り残されてしまう典型的なタイプなのかもしれません。

信念が強いという人は、一見、深みのある人物に見えますが、一度メッキがはがれてしまうと底の浅さが透けて見えることがあります。何も考えることなく、自分の過去の価値観でしかものを判断していない底の浅さです。実は、親子の確執を起こしてしまった親子関係では、親子双方がこの底の浅い思考パターンにハマっていることがあるのです。

柔軟さを取り戻すための問い

親との関係が膠着状態になり、自分の意見がどう考えても正しくて、親の意見が絶対に間違えているという構図が頭の中にがっちり配置されたとしましょう。もちろん、そういう考えを自分の信念であるということで受け入れてしまうことも一考です。しかし、もし、柔軟性を持ちたいと思われるなら、こんな問いを自分に投げかけてみてほしいのです。

「10年後の自分は、今の自分が信じていることを正いと感じるのだろうか?」

そもそも、その前に、今から10年前に持っていた自分の信念を検証してみてください。10年前に自分が持っていた信念は、今も確固たる信念として持ち続けているでしょうか?そして、それは自分にとってありがたいものなのでしょうか?そうやって考えると、実は10年もたてば色褪せていることも多かったり、そもそも「今から考えればどうでもよい話だったな」と思えることも多いのではないでしょうか。だとすれば、今、意固地に主張している話も、10年後は「どっちでもよかった」と思える話になるのかもしれません。いえ、かなりの確率でそうなるんじゃないかと私は思っています。

結構大事にしてきたコレクションが、飽きてしまえばただのゴミになるように、信念のコレクションも10年もすれば色あせてしまう可能性は高いと思います。
そんな前提を振り返ったうえで、今自分がこだわっている考えを評価してみてください。10年後もその信念、大事にしているのでしょうか。

自分の主張を控えることではない

こんなお話をすると、自分の主張を抑え、親の言いなりになることを進めているかのように誤解される方がいますが、そうではありません。たしかに、絶対に譲れない部分はあるのですが、日頃「譲れない」と思っている事の大部分は実はそこまで重要ではないことの方が多いということが言いたいのです。例えば会社を変化させるとかいう話ですが、親が気づくほどの変化を一気にする必要があるのかないのか、という話もあるでしょう。もちろん一気に変えるほうがいい倍もありますが、それで他の従業員がついてくることができるのでしょうか。おそらく親とは違う部分でいろんな軋みが出てくるように思います。やり方については、色々と工夫できる要素もあるんじゃないですか、ということです。そのわずかな柔軟性を発揮できないことが原因で親子の確執が起こっているケースがかなり多いのです。前述したとおり、自分のメンツを保つために一歩も譲るまいとしている様子が第三者にはよく見えるものです。例えばそれを見た従業員は、親子のメンツ争いに冷ややかな目を向けざるを得ません。そうやってだんだんと従業員との距離も開いてしまう可能性があるわけです。

そういったことを総合的に考えたとき、受け入れるべきことは受け入れることで、思った以上に事がスムーズに動くことはけっこうあるはずです。それは自分が主張をしないようにするのではなく、自分の主張を抵抗なく通すための戦略と言える、と私は考えていますがいかがでしょうか。

 

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