後継者は先代の原動力を知ると楽になる

後継者・跡継ぎとして親の会社に入ると、はじめのうちは先代である親に対して従順ではないでしょうか。
言われたことを言われたようにやる努力をしますし、なんとか教えられたとおり仕事ができるようになりたいと思う人が多いと思います。しかし、だんだんとわかる事があります。それはたとえば、ある時Aというやり方をしているから、自分もAというやり方をやってみるのですが、「なにをやってるんだ!こういう時はBだろ!」と言われてしまう。自分としては、どうなればAで、どうすればBなのかがよくわからない。

それでもそのAとBの違いが何かを自分なりに考えるけど、先代である親がなぜAとBを使い分けているかがわからない。こうやって後継者は「いつも自信がない状態」でおっかなびっくりで、「ここはAかな?ここはBかな?」とやる。これが後継者が感じがちな「不安の正体」です。

それでも経験を積んでいくと、「やっぱりAでも、Bでもいいんじゃないか。むしろ、Cのほうが合理的なのではないか」と思い始めたりします。そうしてCのやり方を試すと、先代である親はあまりいい顔をしなかったりします。場合によっては、AやBに矯正しようとするかもしれません。こういった背景から、だんだんと後継者は先代である親のいうことに反発し始めます。

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親子の価値観の違いが行動の違いに現れる

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ガソリンスタンドで感じた感想

久しぶりに、ガソリンスタンドで車の洗車をお願いしました。私の車は、もう8年も乗っており走行距離は12万キロに届きそうな感じです。常にピカピカに磨きこんでいるわけでもなく、今回、何か月かぶりの洗車ですからもうドロドロです。明らかに車は下駄がわりなのです。スタンドの店内で洗車が出来上がるのを待っていると、店員が私を呼び出します。「ちょっと来て、見てください」と。何事かとついていくと、バンパーのあたりを指してこういいます。「ここ、こういう風に触ってみてください。ざらざらでしょう?これ、鉄粉が刺さっている状態です。これをとるとこんなにきれいになるんです」と実演を始めます。そりゃあ、車がピカピカになればうれしいですが、タダなわけはありません。けっこうな値段を取るわけです。値段を聞いて私はすかさず「いらない」と拒否しました。

店員の兄ちゃんは、それでも一生懸命食い下がります。洗車やコーティングの効果を最大化するには・・・的なことを言います。彼の表情を見ていると、「こんなに素晴らしいサービスを、受けないなんてもったいない」と信じ込んでいるようにも見えます。けど、彼には悪いけど、ぼろぼろに乗り潰して、近々買い替えもやむなしかな、という車の洗車に万単位のお金をかけるつもりは毛頭ありません。一生懸命自らのサービスの良さを強調する店員君の行為は、その気のない私にとっては迷惑でしかありません。頼むから、ゆっくり本を読ませてくれ、と言いたいところです。

この出来事、よくよく考えてみると、何がコミュニケーションを阻害しているのでしょうか。店員さんは、すごく車にもいいし、古い車もピカピカによみがえるサービスがたった1万円で利用できると言います。私は、もう車は古いという事実に着目しています。近々手放すであろう物に自分の価値観を超えた手をかけるというのは、これから抜いてしまう歯を、虫歯治療してから抜くという行為と変わりありません。彼は、古い車をよみがえらせる価値を訴え、私は手放すものには最小限の手間とコストで済ませたいという価値観を持っています。双方、それぞれの言い分は正しく成立しているのだと思うのですが、見えている世界はまったく違うのだな、とぼんやりと考えてしまいました。

先代経営者によるAとBの指導

冒頭でお話しした、こういう場合はAと対処するか、Bと対処するか問題。これを紐解くヒントが、ガソリンスタンドでの私の経験にあるような気がします。おそらく先代経営者である親は、自分のなかでは間違いなく自分なりの価値判断があって、こういうときはA、こういうときはBと決めます。じゃあそれは、このケースだといつもAであのケースだといつもBかというと、私の観察からするとそうでもないように思います。そこには自分の主観が混じっているように思います。

ある状態があって、自分の感情はこうだから、今回はA。
違う状態があって、自分の感情はああだから、今回はB。

そんな感じだと思うのです。だから、周囲の人間からはAとBの使い分けがまったくわからないのです。ただ、先代経営者は感覚を重んじる人が多くて、物事を客観的に見るというのがあまり得意ではない。だからつどつどいうことが変わります。周囲はそのいわば朝令暮改的な言動に振り回され手はいるものの、「まあいつものこと」とスルーしてうまい具合に距離を取りながら突きあいます。しかし、後継者・跡継ぎはそういうわけにはいきません。なぜかというと、「どういう時にAでどういう時にBか」を自分で再現できるようにしなければならないと思っているので、その再現性を担保するためにどういう時にAかどういう時にB化をハッキリさせたいのです。

しかし、仕事における小さな範囲だけを見ているとわからないのですが、だんだんと後継者・跡継ぎが仕事の全貌を理解し始めると、自分なりの対処方法が見え始めてきます。その結果、AでもBでもなく、Cをやれば十分じゃないか、と思い始めます。実際に後継者・跡継ぎが考えるCという仕事の進め方は、AやBよりも洗練されていることが多いと思います。無駄を省いた形がCなのです。しかし、ここでガソリンスタンド問題を思い出してください。ガソリンスタンドでは、「車の価値を再度高める」ことを目的とした店員と、「車の買い替えを考えたうえでのトータルなコスト配分と自分の価値観」を考えた私の間で衝突が起こりました。ここでも同じことが起こります。先代経営者である親は、AやBという仕事が単に事務的な処理だけではなく、顧客の感情に配慮したものである、という背景がある事も多いと思います。確かに事務的にやるだけならCでもいいけど、お客様の感情をかんがえると、AやBをうまく使い分けるべし、というのが先代の言葉の裏にある価値観ではないかと思います。

一方、後継者は「事務的な処理」は迅速に、顧客との感情的なやり取りは別の形で、と思っているケースが多いのではないでしょうか。ここは世代のギャップというのでしょうか、必要な手続きのおりに人間的な付き合いを求めた世代も確かにいますが、近年はどちらかと言えば手続きは迅速に、事務的に、ということを求める層も多いように思います。どちらが正しいかは、業種や顧客層で変わってくるのかもしれませんが、時に先代経営者の感覚と、顧客の感覚がずれることもだんだんと出てくるかもしれません。

ここでガソリンスタンド問題との共通点は何かというと、どちらも間違いではないけど、価値観の置き方が違っているんじゃないか、ということなのではないかと思うのです。

自分が正しいと思い始めると・・・

さて、こういった価値観の対立がおこるとき、大抵は「自分が正しい」と双方が思い込んでいるものです。ガソリンスタンドの例で考えてみると、私が店員くんの本心をそれなりに回り回って理解しようとしなければ、たぶんこう思ったでしょう。「このガソリンスタンドは、押売りクサい事ばかりやる」と(正直、そのきらいはあるのでもう他のところに行こうと思ってますが)。それが相手が「古い車も新車のようにピカピカになりますよ」という話をしてくれたなら、「ああ、もうこの車は売り払うつもりなので、その必要はない」と言えます。解りあえるかどうかは別として、相手の主張の裏側を理解だけはできるようになります。

じゃあ親子経営の場合はどうかというと、親である先代は自分の想いを言語化するのが得意ではない人が多いように思います。Aしたり、Bしたりするとどういうことが起こるのか、その結果何を期待しているのかを分かるように説明を求めてもたいていしっくりくる説明は受けられないと思います。「野性の勘」とかいう人はけっこう多いです。後継者・跡継ぎとしては、本当はそこに向き合ってもらえると、色々とやりやすくなるのですが相手のことを動かすことはなかなか難しい。ただ、私が推察する感じですと、目の前のお客さんに感謝されたいという思いは間違いなく強いと思います。きれいごとで言っているわけではなくって、経営者は「自分の価値を認められたい」という欲求が人一倍強い人が多いからです。だから、手続きなり、社内の仕事を標準化することよりも、自分がお客さんから感謝されることが価値観のベースにあると思います。

だから、ちょっとしたことでも、後継者・跡継ぎから仕事を奪い取ることもあるかもしれませんし、逆に、面倒くさそうでゴールとしてあまりハッピーエンドになりそうにない仕事が回ってきたりしがちではないでしょうか。後継者・跡継ぎとしてはそんな仕事も「経験を積むべし」ということで受けてしまうのですが、割とつらいなぁ。と感じ詰ことがあるかもしれません。

ここで価値観の衝突が発生します。先代は自分がヒーローになるために仕事をしますが、後継者は社内の仕事を標準化・マニュアル化に向けてきっちりこなしていけるようにしたい人が多い。お互い自分の正義があるので、自分の価値観をもとに話をすると、大抵物別れに終わります。なぜならもうお分かりの通り、それぞれのゴールが違うからです。

一般的に言われる親子の対話に「欠けているもの」

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親子で話し合えとは言うものの・・・

親子経営で確執がおこると、誰もが大抵こういいます。親子での対話で解決していくしかないよね、と。あとよく聞くのは、会社の方針とかビジョンとかのすり合わせを、なんて話をすべきというアドバイス。これ、言語レベルではいくらでもわかりあえた気にはなるのもです。会社の将来として、業績をこれくらいにして、社員数をこれくらいにして、支店をこれくらいにして・・・なんていう話とか、世の中のこれこれこういったことに貢献する会社にするといったこととか、そんな文字にできる話はお互いの妥協点を見つけることは可能でしょう。しかし、そういった表面的なことを幾ら話し合ったところで、たいてい色んなトラブルが出てくるものです。

行動というのは、たいてい、感情や信念に左右されます。だから行動を正そうと思っても、その場だけならともかく、いずれ元に戻っていきます。Aか、Bか、Cかという話で言えば、先代はAとBを使い分けることで顧客に頼りにされる、あるいは少し強い言葉を使うと顧客を依存させることができると無意識レベルで知っており、それを駆使してここまでやってきました。逆に後継者・跡継ぎとしてはそういったことにあまり多くの価値を感じないので、Cという事務的な行動に至るという感じでしょうか。だから、話し合いで解決できるのは表現方法だけであり、内面的な欲望はそんなことでは変化しないという現実があります。

まずは行動ではなく構造を理解する

ほとんどのビジネス書や、事業承継に係る親子の関係性について書かれた本では、表面的な行動レベルのことしか書かれていません。しかし、たとえば、U理論やティール組織、免疫マップなど、近年の組織論において最も大事にされているのが心の部分です。逆に言えば、人の無意識の部分を理解すれば、他人に寛容になることが可能になります。AかBかを主張する先代は、基本的に自分の価値を周囲に知らしめたい人であることが多いと言われています。もう少し深いお話をすると、自分は価値のない人間だから、行動で価値を出さなければならない、と深層心理で考えていることが多いと思います。だから、社内では威厳を保つため、非常に厳しい社長でしょう。そして、社外に向けてはとてもいい顔を見せる。これが例えば、コンプライアンスの順守より、目の前の顧客のご機嫌を取ることが重視されることが多く、一時は問題視されることもあったように思います。ルールや法律もお構いなしでお客様の手間を省くことで、「ほら、ワタシ、けっこう使えるやつでしょ」と主張したい人が多いのです。

だからスムーズに会社を後継者に引き継ぐということよりも、自分がどうすれば価値を出し続けるかに強い関心を持ちがちです。こういうタイプは、土日構わず働き続けますし、ひたすら動き回ります。それだけに仕事上の能力は滅茶苦茶高い。後継者・跡継ぎにとって厄介なのは、先代経営者はやってることはハチャメチャだけど、けっこう成果を出していることが多いのでなかなか攻守交替できないところ。

だけど、まずはそんな先代経営者のエンジンというか原動力を知っておくと、出てくる行動が理解しやすくなります。親が向かっているゴールは自分自身の価値を高めることだから、なるほど、こういう行動をとるのだな、と。そうすることでほんの少し心に余裕が出るはずですし、次にどう出るかとか、自分がこうやれば親がどう動くかというのが予測しやすくなります。得体のしれない動きばかりだと疲れてしまいますが、ある程度行動の予測がつけば、「ふーーん」という感じでスルー出来ることもあります。まずは、後継者・跡継ぎはそんな状態を目指せば、少し、精神的に楽になるのではないでしょうか。

 

  

 

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