後継者も、親である経営者も、人を変えることはできない

親子経営においては、ともすれば相手を変えようとするシーンに出くわします。
・後継者である息子がもっとしっかりしなければ
・後継者をもっと前向きにさせたい
・後継者に自信を持たせたい

・親に自分の意向に沿ってもらいたい
・後継者として尊重してほしい
・後継者である自分に協力してほしい

などなど。
挙げればきりがありません。

しかし、はじめに結論を言うと、人は決して人を変えることはできません。
それは親であっても、子であっても同様です。
できることと言えば、変わるキッカケを与える事だけなのです。

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なかなか勉強をしない子供がいたとしましょう。
彼に勉強をさせるにはどうすればいいでしょうか?
たいていの親は叱ります。
恐怖で勉強をさせようとします。

ある親は、ご褒美や罰との交換条件を出します。
ちゃんとやったらご褒美とか、
やらなければ罰を与えるとか。

これでもしかしたらその時は、勉強しているように振る舞うかもしれません。
しかし、今後自発的に勉強をするかといえば、きっと絶望的でしょう。
逆に、「親にうるさく言われるから仕方なく勉強する」というパターンを創り出してしまいます。

親は永遠に、「勉強しなさい、しないと…」と言い続け、
子は言われないとできないまま成長していきます。

 

うるさく言えば、勉強する。
こういう目に見える行動を見たとき、子どもが変わったと錯覚します。
しかし、子どもは何にも変わっていません。
勉強なんかしたくないし、今でもスキを見て逃げ出したい。
監視の目があるから、勉強という行動を強要されてるだけです。
これで頭に入るわけもありません。
本質的な「成績を良くする」という効果は恐らく出にくいでしょう。
そして繰り返しになりますが、親の監視が出来なければ勉強しない子になります。

 

この状態、実は親子としては割とハッピーな状態ができてしまいます。
なにそれ?と思われるかもしれませんが、少し深く考えてみてください。

親からすれば、そうやって子どものことを一つ一つ指示するひつようがあります。
それは煩わしくもありますが、子どもを自分に依存させることが可能となります。
いつまでも親頼みの子供が出来まいす。

子どもは子どもで、面倒なことを考えなくても、親がやるべきことを支持してくれる。
自分で解決したり、責任をとらなくともいいのです。
親の言いつけを守っていて失敗すれば、親のせいにすればいいのですから。

こういう依存関係で、親子関係が成り立っている家庭は割と多いものです。

 

経営、という場所に舞台を変えても同じことが起こります。
親はきっと、後継者のことをあれこれうるさく口を出すでしょう。
ああしろ、こうしろ、と指示を出す。
後継者は自由に失敗することはできません。

こういう状況は親にとっては「いつまでも経営権を握り、周囲に頼られる存在」でい続けることができる。
子にとっては、「親が責任をとるから、自分のせいではない」という心の逃げ道を持ち続けることができる。
双方にメリットがあるわけです。
こんな状態嫌だ、とおもう自分がいる一方、心の奥底では割と歓迎していたりするものです。

 

表向きは、今の状況は嫌だと言いつつ、裏では割と楽をしている。
私の知る限り、親子の確執で長く悩んでいる同族経営幹部にはこういう構造が見えることが多いです。
親は子供に「しっかり自立」するよう言いながら、行動では自立を阻んで口出しが止みません。
子どもは「自分でやりたい」と言いながら、親が責任をとるだろうとタカをくくります。

仮にどちらかがその状態に気づいたとして、まず考えるのは「相手を変えよう」とする方法です。
たいていは、自分の問題は見えませんが、相手の問題は目に付くからです。
自分が変わる必要はなくて、あるいは、自分も変わる必要があるとはいえそれは自覚しているから大丈夫。
しかし、自覚していない、親を変えねばならぬ、と躍起になります。

 

そこで、親を強制しようとするわけです。
勉強を強制させた親のように。
しかし、子どもが素直に勉強しなかった(少なくとも私の場合はそうでした)ように、親は子供の言うことなんて聞きません。
これは子が親を変えようとするからではありません。
前半でお話ししたように、親が子を変えようとするときも同じです。

つまり、親であれ、子であれ、夫婦であれ、恋人であれ、人を他人が変えるのは不可能なのです。
私たちが他人に対してできることは、「本人が変わろうとするキッカケとなるであろう刺激を届ける」ことしかありません。

たとえば、私は3か月ほど前に禁煙を始めました。
それまで何十年も、妻にイヤミを言われ、子どもが生まれてもできなかった禁煙を、ふとしたきっかけで始めたのです。
そのきっかけは、ある本を読んで「自分はタバコを吸っていることで随分損をしているかもしれない」と思ったからです。
そういう心境の変化がおこっただけで、これまで禁煙外来でもまったくできなかった禁煙ができてしまったわけです。
(数年の間はリバウンドの可能性もゼロではないようですが…)

人が変わるということはこういうことだと思うのですが、そのきっかけはうるさく禁煙しろと言われたわけではありません。
健康に関する不安を感じていたわけでもありません。
小さな話に聞こえるかもしれませんが、前述の通り「損してるかも」と思う気持ちが、カチっと自分のなかでハマっただけです。

 

そんな自分の行動を見たとき、ああ、人を人が変えることは不可能なんだな、とわかったわけです。
とくに、「勉強しなさい」とか「禁煙しなさい」とか、強制する言葉はむしろ逆効果であると感じるシーンはけっこう多いです。
じゃあどうすればいいかというと、まず人を変えるということはあきらめたほうがいいと思います。
人によって、感じるスイッチは違います。
それを探るのは至難の業です。

一方で、人は外部からの刺激を取り込むことで、自分を変化させていきます。
誰かの何気ない一言や、たまたま見た映画やドラマ、本や物語、
周囲の友人の言動や、社会の変化、新しい経験など、いろんなものを五感で感じ取りながら、
その刺激を受けながら自分の考えを形作っていきます。

身近な人に対しては、私たち自身の言葉や行動もまた、そんな「刺激」の1つです。
ですから、まわりまわって私たちの存在や行動は、結局は相手を変える要素の一つではあるのですが、それは私たちが意図する変化である保証はありません。
むしろ、意図したほうに変わるほうが、まれだと思います。
そういう意味でも、狙った変化を相手に起こさせるのは不可能、と言えるでしょう。

 

そもそも相手をコントロールしようというのがおこがましい行為です。
私は私、相手は相手。
それぞれが「個」を尊重することが、たぶん人としてあるべき姿なのではないかと思います。
であれば、他人であれ親であれ、人を変化させようということは難しいという以前に、相手を「個」として尊重していないことになります。
それを感じ取れば、相手にとっては自分の個性を脅かす敵対する相手と言っても過言ではない状態ではないでしょうか。
そしてそういった行為(相手を「個」として尊重しない行為)が確執につながる。
そんな側面もあるのかもしれません。

結論とすると、人をかえることはできない。
しかし、人が変わる環境を作ることは可能である、ということになるのではないでしょうか。

Katerina KnizakovaによるPixabayからの画像

 

 

 

 

 

 

 

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