この連休を利用して、東京ディズニーリゾートに行ってきました。
そこでなんだか心動かされるシーンに遭遇しました。
それは、シンドバッド・ストーリーブック・ヴォヤッジというアトラクションでのことです。
華やかなディズニーリゾートのアトラクションの中では、比較的地味なアトラクション。
ゆったりとした船に乗り、人形がたくさんある会場をクルーズするというものです。
しかし、そこはディズニー。
時に、大人がハッとさせられるシーンも用意されています。
私の著書です。
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東京ディズニーリゾート。
私はどちらかというと、あまり関心のないタイプです。
はじめてのディズニー体験は、結婚してからですから(笑)
子どもができてから何度か行きましたが、私にとってのオアシスは、
イッツ・ア・スモールワールドと、シンドバッド・ストーリーブック・ヴォヤッジ。
なぜならば、あまり並ばなくていいし、屋内で座ってクルーズ出来るので、暑さ寒さとは無縁。
ひと時の休憩タイムです。
で、今回も比較的すいているという理由で乗った、シンドバッド・ストーリーブック・ヴォヤッジで私は不覚にも目頭が熱くなる思いをしました。
このアトラクション、どちらかといえば地味です。
ゆったりとした屋内クルーズ。
屋内には、たくさんの人形が置かれていて、一つの物語になっています。
シンドバッドの冒険の物語。
シンドバッドとともに、観客は宝物を目指して未知なる地へ冒険に出かけます。
出航すると、いきなり嵐。
数多の苦難を乗り越えて、シンドバッドは街に帰ってきます。
この時に、耳に入る歌。
一部を取り出すと、こんな感じです。
人生は冒険だ
地図はないけれど
宝物探そう
信じて
コンパス・オブ・ユア・ハートシンドバッドのストーリーブックヴォヤッジ~コンパス・オブ・ユア・ワールド~
なんか、良くないですか?
調べてみると、
ディズニー映画『アラジン』の主題歌『ホール・ニュー・ワールド』などを作曲したアラン・メンケンが手がけており、歌唱は坂元健児によるもの。
wikipedia
とのこと。
正直、私はこのアトラクション、何度も何度も乗ってます。
だから同じシーン、同じ歌詞を繰り返し耳にしてるのですが、これまではまあ何の感動もありませんでした。
けどなんだか、今回だけは変に共振してしまったわけです(汗)
人は、共通の物語に心惹かれる、という説があります。
その物語を、英雄の旅(ヒーローズ・ジャーニー)と言います。
主人公が、さまざまな苦難を乗り越えて、宝物をゲットする。
その過程にある、主人公の成長物語こそが、人が心の中に共通して持っているものであり、皆がもつものだから多くの人が心惹かれる。
そんな風に言われています。
まあ、普通に考えて、ディズニーで見かけるキャラクターのほとんどは、主人公が何かを通じて成長しているわけです。
結果としてそうなったのか、意図してそういうキャラクターを集めたのかはわかりませんが、それが人を惹きつけて離さない理由なのかもしれません。
で、本題に入りましょう。
英雄の旅(ヒーローズジャーニー)には、旅立ちが必要です。
冒険の旅に出なければ、宝物も見つけられないし、成長もない。
同じ日常を延々と繰り返している先には、同じ結末しか見つけることができないのだと思います。
ここで短絡的に、「旅立ち=親元を離れる事」とは考えないでください。
旅立ちというのは、あくまでたとえです。
物理的な旅立ちであることもあれば、そうでないこともあると私は考えています。
ただ、大事なのは、怖く見える事に、ぶつかってみる気持ちが大事なんじゃないでしょうか。
以前、ある音の専門家の方が、ディズニーのアトラクションについて語っている記事がありました。
シーンごとに配された音楽が、交じり合うことなく観客の耳に入るあの技術は、相当なものだそうです。
シンドバッドも、仕切りのないクルーズの中で、カーブを曲がると違うシーンが再現されています。
その際、交じり合うことなく、新たなシーンの音楽が耳に入る。
単純に言って、先の読める物語ほど面白くないものはないものです。
つまりは、次のシーンを見せないための工夫が、そういった音響技術でなされているのではないでしょうか。
人が生きる世界もまた同じ。
先が読める人生に面白味があるのでしょうか。
上場企業に勤める複数の方からこんな話を聞きました。
まるでデジャブを見てるくらいまったく同じ話です。
「自分は大きな失敗さえしなければ、5年後にはあの席に座っていて、10年後うまくいけばあの席かな。
つまり、自分の社内での未来の立場はすでにすべて見えるんです。
収入レベルも、背負う責任も、今自分の席から見通せます。
そこに何の夢も感じられない」
彼らは、今、会社を飛び出すかどうかを悩んでいます。
彼らにとっては、今まさに冒険の旅に出るかどうかの決断を迫られているのかもしれません。
さて、同族経営の後継者といえば、「レールを敷かれた人生」の代名詞(苦笑)
親の会社を継ぐことは、レールに乗せられているだけ、と考えがちです。
それそのものも、コンプレックスですよね。
よくわかります。
私もそうでしたから。
しかし、そのレールの行き着く先は、今の時代、果たして明確に見えるものでしょうか?
今まで通り、教わった仕事をやっていれば、人生の終着駅が見えますか?
たぶん、そうではありませんね。
一見、地図があるように見えて、地図がない。
巧妙に隠されたラストシーンは、今の私たちにとってはまったく見えない状態です。
えらべる道は、おもった以上に無数にあります。
ほとんどは、一歩踏み出すのも怖い場所ばかり。
けど、それってたぶん、周到に用意されたワンシーンなんです。
次の結果が見えないように巧妙に隠されているわけです。
ディズニーの音響技術のように。
そこでシンドバッドが教えてくれることがあります。
人生は冒険だ
地図はないけれど
宝物探そう
信じて
コンパス・オブ・ユア・ハートシンドバッドのストーリーブックヴォヤッジ~コンパス・オブ・ユア・ワールド~
心の中にあるコンパスを頼りに進む。
そのコンパスを、ある人は「ワクワクに従って生きる」というし、ある人は「使命・ミッション」という。
どちらでもいいのですが、自分が望むところへ向かいましょう、というのがどうやら物語の主人公が提示する一貫した意見のようです。
進むべき道は、心の奥底にあるなにかにつきしたがう事で見えてくるようです。
それが心のコンパスの意味するところでしょう。
それは恐らく、表面的などんな職業を選ぶかとか、どんな立場をとるかといったものではなく、もっと根源的なものなのだと思います。
職種であるとか、親の会社だとかいうのは、あくまで手段の選択肢。
親との仕事を続けるか続けるかという目の前の問題よりももっと先にある、何を成し遂げたいかというところに答えがあるのではないでしょうか。
そうすると、今目の前にある問題は、小さな小さな出来事の一つなのかもしれません。
目の前いっぱいに広がる問題も、視点を引いて、第三者の目で見てみると、自分の人生をエンターテイメント化するちょっとしたスパイスに見えてきませんか?
ディズニーシーに行く機会があれば、シンドバッド、乗ってみてください。
ひっそりウルウルしそうになるなら、そろそろ新しいステージにとび出すタイミングなのかもしれません。
youtubeに、アップされてたのでご興味ある方はどうぞ。
私の著書です。
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