変えれそうな気がしてしまうから起こる後継者の葛藤

親子の経営で、親子の確執が起こる背景には双方の甘えがある、という考え方もあります。
一般の血縁関係のない従業員には言わないことを言いあうからです。
同族だから遠慮がない(自制心がきかない)という側面があるのではないかと思います。

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この「甘え」「遠慮がない」というのはなかなかはっきりとは見えてこない難しさがあります。
甘えているのかそうでないのか、というのはドライな判断がなかなかできないからです。

だから、一概に、それは甘えだとかそうでないとかいう決めつけはあまりすべきではないと思いますが、現実甘えはあるように思います。
たとえば、後継者にしてみると、「自分なら会社を変えられるかもしれない」幻想を抱いているという事が挙げられます。
一般社員は、なかなかそんな風に考えません。
逆に、「自分が会社を変えてやる!」という社員さんであるなら、相当な覚悟をもってやるんじゃないかと思います。

一方後継者という立場の場合、消去法で出てきた「会社を変えてやる」幻想を持ちがちではないかと思います。
先代にはかないっこないから、自分のやり方を通せる会社にする、的な感じですね。
ちょっと表現が卑屈になりすぎたかもしれませんが、本音レベルでそういった部分もないとは言い切れないのではないでしょうか。

 

ここで確認しておきますが、「自分なら会社を変えられるかもしれない」という思い、決して悪いわけではありません。
むしろ、それでこそ後継者だ、といいたいところです。
けど、自分のやろうとすることを、社員が、先代が、顧客や取引先、金融機関、そして社会が必ずしも認めてくれるとは限りません。
ここが大事なところで、自分は後継者難だから、自分のやることにだれもが賛同するという前提で世間を見ていると、ちょっともったいないことになるかもしれません。
それは、自分のイメージした変化が起こらなかったときに、誰かのせいにして終わってしまうという事です。

「会社なんてそうそう変わらない」という前提に立ったうえでの努力なら、変わらなくて当たり前。変わったらバンザイと飛び上がって喜ぶレベルです。
しかし、後継者はどちらかというと、自分が頑張れば会社は変わる前提で事に当たる傾向があるんじゃないでしょうか。
希望を持つことは素晴らしいことですが、会社を変えるという一大事業は誰がやってもうまく行くこともあれば上手くいかないこともあります。
先代社長の子息・子女が後継者であれば、そのことで受け入れられやすいこともあれば、受け入れられにくいこともあります。
場合によっては、一般社員が行う改革のほうが難易度が低いこともあるでしょう。

だから、ある意味、結果への大いなる期待はいったん脇に置いておいて、結果よりもむしろ今自分ができる事を一生懸命やることに集中したほうがいいのではないかと私は思います。
変えられるはずがない、というぜんていで「でもぶつかってみる」という思いを持つと、多少上手くいかないことがあっても「そんなもんだよね」と納得できるはずです。

上手くいく前提でやるとしんどいことも、上手く行かない前提でやると気軽にできる。
そんな風に自分の考えをコントロールできれば、とっても楽になるんじゃないかと思います。

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