事業承継における責任者は誰か?

どんな組織においても、起こる結果に関する責任は目上の人にある、と私は考えています。
大企業で不祥事が起これば、社長が謝罪します。たとえ、自分が全く知らなかったところで、知らなかった社員が起こした不祥事だとしても、です。

ふがいない部下がいれば、それは上司の責任です。なぜなら、部下を育てるのが上司の務めだからです。

親子関係はまさにそうで、しつけのなっていない子供を見たとき、私たちは親の顔が見たい、といいます。

では、同族企業の事業承継の責任者は誰でしょうか?

 

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目上の人が持つ「権威」

Robert GreeneによるPixabayからの画像

上下関係のある中で平等なコミュニケーションは成り立ちにくい

会社の中で、上司に対してどんな印象を持つ人が多いでしょうか。威圧的な人もいれば、しっかりと同じ目線で話を聞いてくれる人もいるでしょう。信頼関係の厚い上司もいれば、そうでない場合もあります。しかし、どこまでフランクな関係であったとしても、上司と部下の関係においては多少なりとも、上司には権威があります。いろんな議論をした果てに、物事を決定するより強い力は普通、上司にあります。

親子関係ならそれはもっと顕著なことが多いでしょう。少なくとも子供は親の許可なく何もできません。それは単なる習慣上の問題だけでなく、法律上そうなっているから未成年は親の権威の下で生かされている、という表現をしても言い過ぎではないでしょう。さらにいえば、今は憲法上の平等を侵しているということで有効ではありませんが、かつては「尊属殺人」なんていう法律用語があり、親殺しは一般の殺人罪より重い罪が課せられていました。そうやって、親の威厳はいろんな形で保たれていた歴史があります。

ここから考えていくと、目上の人の言葉は権外の一定程度の強制力のようなものを持つような印象を目下の人に与えている、といっても違和感はないと思います。それはつまり、目上の人が下の者の行動の一部を支配している、と考えられるのではないでしょうか。

目上の人に意見するのはそれだけでストレス

目上の人間が意識をしていようがいまいが、普通の人間関係の中では、目上の人間に意見するというだけで大なり小なりストレスを生じさせる環境があると思います。そのことはつまり、少し大げさに表現すると、無言でしたがう部下は共感・協力して動いている可能性ももちろんありますが、服従しているという解釈をするのがむしろ一般的ではないかと思います。

そういった環境の中において、何かしらの問題や不祥事が起きたなら、目上の人が責任を持つというのはやはり正当な話なのではないかと思います。好むと好まざるとには寄らず、権威と同時に責任を持つのが目上の人間です。

事業承継がうまくいかない場合の責任者

そう考えていくと、仮に同族企業の親子間での事業承継が失敗するとすれば、その責任者は親になります。年長であり、上司であり、しかも親という立場です。これ以上ないほどに、子供である後継者の行動を支配する立場にあって、その後継者を育てることができなかったり、バトンタッチができる環境を整えられなかったりしたことは、先代である親の責任といえます。

正直なところ、中小企業においてはなかなかそういった人材育成のノウハウは蓄積されていないにしても、後継者を育てようという意図さえ感じられない印象が強いと感じます。勝手に育つものだ、という誤解がその根底にはあるように思います。

今までも実は、社員をうまく育てられていなかったのだけど、そういった社員は替えが効いたり、違う部署で活躍したりといった融通が利くからあまり目立たなかったのでしょう。しかし、会社の舵を握る後継者となると、そうそう変りもいないのでその失敗が表面化しやすいのです。

後継者が育たない、と頭を抱えている企業においては、後継者を育てていない責任を、まずは自覚すべきではないでしょうか。

後継者自身が持つべき責任

Marielle SchrottによるPixabayからの画像

〇〇における最高権力者

「そうだ、そうだ!自分を育てられなかった親や会社がわるい!」といって後継者は暢気に外野を決め込むことができるでしょうか。多分それは無理ですよね。なぜかというと、今度は後継者自身の人生の問題になるからです。

自分の人生という何よりも大事なものに対する責任者は誰でしょうか。親ですか?たぶん違いますよね。自分の人生における最高権力者は自分です。自分の人生を考えるときには、誰のアドバイスも誰の命令もいらないのです。自らが動けばそれでいいのです。

なのに私たちは、社会の中で目上の人や上司に気遣って生活しながら、自分の人生においても人の言いなりになっていること、少なからずないでしょうか?

すごくやりたかったことがあったのに、親の影響でできなくなったとか、
後継者として親の会社でやろうとおもうことを、何となく周囲に気遣ってできないでいるとか、
こんな風にやっていきたいのに、親が嫌な顔をするからやめたとか。

これは会社や社会におけることなので、外とのバランスは確かに大事なのですが、自分の人生の最高責任者としてはどう考えるべきなのか、しっかりと考える必要があるのではないでしょうか。

問題が起これば最高位の人が謝罪する

話を初めの部分に巻き戻しましょう。会社組織ではどんな末端社員が起こした不祥事も、最終的には社長が責任を負うことになります。ということは、自分の人生においても最高責任者たる自分が責任を負うことになります。幸いなことに、自分のことなので謝罪会見などは開く必要はありません。ただ、無駄な生涯を過ごすだけ。つまり、自分さえ我慢すればそれで終わりです。

ただ、それはあまりに大きな代償ではないでしょうか。人の生涯の中で、誰かの期待や誰かの強要で生きる人生だとしたとき、生涯を終える際に「満足した」と逝くいことはできるのでしょうか。もしそうでなければ、自分の人生の責任者らしく、自分の人生を歩むことを真剣に考えるべきではないでしょうか。

それは決して、親の会社を今すぐ辞めて自分の好きなことをしなさい、といっているのではありません。もちろん、それがどうしても自分の幸せのために必要なら躊躇する必要はありませんが、おそらくですが商売をやっている親の元に生まれたこともまた、何か意味のあることではないかと思う一面もあります。ここから先は自己責任ではありますが、例えば今の環境だからできることはないのか、といったことから始めるのが激変緩和措置という意味ではよいのではないかと思います。

自分の人生、責任を取るのは自分です。
であるならば、ハンドルを取り戻したいところですね。

 

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