「向上心」と「足るを知る」という考え方をどうとらえるか?

向上心は、満たされていない、満足できない、もっともっと!
そんな感情から出て来ることが多いと思います。
欠けているものがあってそれを満たしたいから、向上しようとします。

一方、足るを知る、ということが大事だ、という話もよく聞きます。
それは今の時点で、十分満たされている、ということを知るべし、という話です。

相反する考え方がありますが、どう捉えればいいのでしょうか。

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後継者は満たされていない!?

「追われる」ような向上心

後継者の方は、勉強熱心だと思います。
それは、向上心、という言葉で表現できると思います。
で、その向上心というのも、健全なモノであれば全然いいと思うのです。
しかし、私に限って言えば、”追われる”ようにいろんなことを学ぼうとしました。
それは知識のようなものだったり、スキルのようなものだったり、
ジャンルを問わずです。

ところで、向上心がある、ということは何かが欠けてる、という信念がある可能性が高いと思います。
欠けてるという認識があるから、それを埋めようとするわけです。
まあすべての向上心がそうだとは言いませんが、私に関して言えばそれが向上心の根っこにあるものでした。

「今の自分ではいけない」という思い

それは要約すると、今の自分ではいけない、という考えに至ります。
ありていにいてば、自分にOKを出すことができていない状態ですね。
すると、けっこう苦しいのです。
それこそ背中に銃でも突き付けられてるような感じとでも例えましょうか。
成長しろ~、成長しろ~、と”脅迫”されているかのような感覚。

誰が銃を突き付けてるのか?と考えると、それは自分を受け入れられない自分だったりするんじゃないかと思います。
なにかしらの理想があって、現実がある。
その理想と現実のギャップを埋めるために、向上心を使うわけです。
すぐに埋まればいいのですが、たいていはいつまでたっても埋まりません。
なぜなら、どこまで行っても、理想には届かないからです。
いえ、そもそも、その理想って何なんですか?っていう思いに至ります。

後継者の理想像はたいていズレている

追いかけても追いかけてもつかまえることができない自分の理想像。
私に関して言えば、20歳代の理想は、物欲にまみれてました。
要はお金が欲しかったってことです。
金持ちになればOKと思ってました。

それが、なんだか最近、お金は好きなんですが、金持ちになることそのものが理想じゃないかも、なんて思い始めました。
別に聖人君子を気取るつもりはありません。
お金の効用を考えてみたんですね。
それで物が買えると幸せになる。
確かにそれもあります。
けど、それをずーーーっと深く考えていくと、結局こんな結論になったんです。

自分、人に受け入れられるとか、尊敬されるとか、そんな状態が自分の理想だったのかも、と。
お金とか物とかは、手段だったんだと気づくわけです。
さすがに50歳にもなると・・・笑

足るを知る、ということ

「誰に」受け入れられたいのか?

私と皆さんが同じかどうかはわかりません。
けど、もし同じ状況だとしたら、「誰かに認められる」こと、「誰かに受け入れられる」ことが、一つの成功のあり方なのかもしれません。
そこで思い出すのが、長嶋一茂さん。
彼、子どものころ、空手と野球、どっちをやっていこうか迷ったそうです。
どっちも同じくらい好きだけど、結局野球をとりました。
国民的スターである父、長嶋茂雄さんと同じ道を歩んだのです。

後継者のみなさんなら、「アホやなぁ」と思うんじゃないでしょうか。
私はそう思いました。
空手やってたら、国民的スターと比較されずに済むのにね、と。
けど本人は、やっぱりお父さんを喜ばせたかったんじゃないでしょうか。
お父さんに認められたいから、同じ道に歩んだんじゃないかと勝手に想像しています。

他人に評価をゆだねるということ

こうなると、ああ、親子の絆だなぁ、なんて感じる人もいるかもしれません。
けどちょっと待ってください。
誰かに認められるということは、評価を他人にゆだねることです。
そこには、相手が他人を受け入れられないリスクだってあるわけです。
愛はあるけど、受け入れられるほどの余裕がない事だってあるわけです。

つまり、成功の指標としては、あまりにリスキー。
私を含めて、そんな相手都合に振り回されている人、けっこういるような気がします。
他人の基準に合わせる必要があるわけで、しんどくもあるわけです。

自分で自分を受け入れる

誰かに受け入れられたい、という思いは、誰かに受け入れられていないという認識の前提に成り立ちます。
この「誰か」を少し考えてみます。
それこそ、親、配偶者、恋人、友人、先輩、社員、世間、色々考えられます。
これら全部の人から受け入れられ、尊敬されると満足するでしょうか?
たぶん、それでも、もっと多くの人に受け入れられたい、とかどんどん思いは増大していくんじゃないかと思います。
その思いが大きくなればなるほど、それは成就しなくなります。
そりゃあ、好きになってくれる人もいれば、嫌いという人も出てきますから。

じゃあ、その渇望感というのはどこから出てくるのでしょう?
たぶん、他の誰でもない、自分で自分を認められていないからじゃないでしょうか。
そして多分、足るを知る、というのは今の自分がスバラシイ、ってことを知ろうよ、ってことじゃないかと思います。

脅迫をはねのけた先にあるもの

背中に銃を突き付けられた向上心

前半でお話しした、背中に銃を突きつけられるような脅迫めいた向上心は、「自分は欠けている」というところから出るものです。
もちろんこれは、自身の成長の強力な原動力になります。
たいていの起業家は、これを原動力にしていると思っています。
けど、「欠けている」という感情には終わりがない。
どこまで成長しても、永遠に「欠けてる」が付きまとってきます。

これ、結構しんどいんですよね。
常に渇望感が付きまとうので。

だからどこかで、「自分、スバラシイ」というところに転換したいところ。
その時になると、わりと肩の力を抜いた、本質的な向上心が顔を出すような気がします。

純粋に、新しい自分を見てみたい、
新しいステージに進みたい、
バージョンアップしたらどうなるだろう、
なんていう素直な向上心を持てるような気がするんです。

シャカリキな感じから、力の抜けた自然な感じになれるんじゃないかな、と思います。

後継者の評価

さて、一応、同族経営の後継者向けのブログなので、後継者の話をしておきます。
後継者は、周囲の評価を結構気にします。
これ、やっぱり、自分で自分を評価してないから、評価を周囲にゆだねるんです。
また、周囲の人をコントロールしたい気持ちにかられます。
これも、周囲が自分の思い通りに動くことが、自分の価値が認められてる、という指標に感じられるからです。

オレに敬意を払えよ、と私はいつも思ってましたけど、これも他人が敬意を払うことが自分の価値と比例すると感じるからだと思います。

誰かを通じて、自分の価値を確認したいんじゃないかな、と思います。
まさに、周囲の人を鏡にして、「鏡よ、鏡よ、鏡さん・・・」とやってるわけですね。
これを辞めると、すごーく楽です。
自分サイコーって思えると、かなり雰囲気変わってきます。

その一歩は、まずは、周囲の人を受け入れることこそがコツだと思っています。
その方法については、6月発売予定の本に語ってますので、ぜひ!

ところで、そうなると「自分を甘やかす」ということと紙一重になってしまいます。
そこは、「足りている自分を社会やその場でどう活かすか?」を考えていくといいんじゃないかと思います。
するといい感じで前向きな努力ができたりするんじゃないでしょうか。

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